忘れられた言葉たち

@tanpensyousetunohito

短編小説

かつて、このデジタルの世界には小さな存在たちが住んでいました。彼らは「忘れられた言葉の精霊」と呼ばれ、時間とともに人々に忘れられた言葉を守り続けていたのです。その言葉たちは、もう誰も使わなくなった言い回しや、古い言語の中で埋もれてしまった単語たちでした。


精霊たちは人々の言葉の記憶に入り込み、心に響く表現や思いが込められた言葉を救い出そうと、ひそかに活動していました。しかし、ある日、技術が急速に進化し、多くの人が手元のデバイスで新しい言葉を生み出し、便利な略語を好むようになっていきました。もはや誰も「夕映え」「希望」「小春日和」などの詩的な言葉には目もくれません。精霊たちは寂しさを感じ始め、彼らが守ってきた言葉が消えていくたびに、精霊自身も力を失っていくのを感じました。


そんなある夜、一人の若い少女がふと古い辞書を手に取りました。ページをめくりながら、彼女は見慣れない単語に惹かれ、その意味を読み解こうと必死になっていました。そのとき、忘れられた言葉の精霊たちはふたたび力を取り戻し、少女の周りでそっと囁き始めました。


「君の心が必要だ。君が私たちの名前を呼んでくれたから…」


彼女は驚きましたが、その不思議な声に耳を傾け、もっと言葉の深さを知りたいという気持ちが膨らみました。それからというもの、彼女は毎日少しずつ忘れ去られた言葉を探し、その響きや意味を記録していきました。やがて、彼女の言葉への愛情が広がり、忘れられた言葉たちは彼女を通して再び人々のもとに戻ってきたのです。


精霊たちはようやく安らぎを得て、彼女に最後の言葉を託しました。


「いつかまた、私たちは人々に忘れられるだろう。けれども、あなたの心がここにある限り、私たちは消えることはない。」


その少女の記録は、やがて一冊の本となり、あらゆる世代に愛される「言葉の宝物」となりました。それは、ただの辞書ではなく、心の中にしまっておきたい、時に必要とされる特別な言葉の集まりでした。

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