ラグナロク・ハート

たーる・えーふ

第1話 序章 鬼火と共に来る① 青い輝き

「っはぁ……はぁ……っ!」 

 息を切らし走りながら、ソフィは振り向く。後方に広がる夜闇の中に、光が浮かんでいる。

 青白い光を放つ、火の玉だ。

 鬼火だ。ソフィは両親の話を思い出した。鬼火と共にやってくる人殺しの話。心臓狩人と呼ばれるそいつらは、特別な心臓をもつ人間の前に現れ、脈打つ心臓を奪っていく。生きている人間の心臓を奪う、そんな常軌を逸した人間がいるはずがない。きっと進学でひとり上京する娘の夜遊びを牽制する方便だと、ソフィは思っていた。

 

 真実だった。心臓を狙う狩人は、鬼火と共にソフィの前に現れた。

 追われる恐怖から声を出す余裕がないソフィは、走りながら助けとなる人影を探す。周囲には誰もいない。ソフィが普段、通学路として通っている広い公園。昼間は人の姿が必ずある場所だが、深夜の時間帯ではそうはいかない。ソフィは、友人との飲み会で遅くなり、近道と思い公園内を通ろうと考えた自身の判断を悔いた。

「はぁ……はぁ……」

 ソフィは、自身の荒れる呼吸音と背後からの足音を聞いた。心臓狩人が迫る気配をソフィは感じた。恐怖は足をふらつかせる。公園を抜け、人のいる通りまで逃げ切れないことをソフィは悟った。

 

 使うしかない。幼少の頃から両親に人前では絶対に使うなと厳命されてきた。使うこと自体、久しぶりであり不安もある。だが、命には代えられないとソフィは決断した。

 大丈夫、大丈夫だ。自分はきっと上手くできると自身に言い聞かせ、ソフィは自身の胸元へ意識を集中させた。ドクン、と心臓が音を立てた。久しぶりに始動したエンジン音のようにソフィは感じた。

 

 ボッと、ソフィの胸元に光が灯った。青白い輝き。背後から迫る鬼火と同じ光。

 出来たッ! ソフィは笑みを浮かべた。助かるという希望と共に叫んだ。

「消えろ!!」

 ソフィの胸元の鬼火が、強く輝いた。

 走るソフィは、前後に振るう自身の腕を見た。地面を蹴る靴を、足を見た。

 消えていく。空間に溶け込むように、ソフィは自分の姿が消えていくことを実感した。

 ソフィはこの力をヴァニッシュ・カラーと呼んでいる。ソフィの特別な心臓が生み出す力。ソフィの姿を完全に透明化させる能力。


 ソフィは、安堵した。これで、逃げ切れ―。


「素晴らしい力だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る