伝説の聖剣をうっかり抜いちゃう系武具師・ルイ〜メンテナンスのために抜いただけなのに、気づいたら世界の命運握ってました〜
もかの
第1話 最低賃金メンテナンス業
夕刻の始まり、午後六時を告げる鐘の音がゴーンゴーンと二回聞こえてきた。
俺は、その音で目を覚ました。
「……朝か」
オレンジ色に染まった日光が窓から差し込む。俺は目を細めつつ布団から立ち上がり、クローゼットから適当な服を選び取る。
ボロボロになっている仕事用のバッグを手に取り、自製の水筒と汗拭きタオルを詰め込んだ。
これから日が暮れるといっても、八月はまだまだ熱したフライパンのように暑い。
「それは"暑い"じゃなくて"熱い"、つってな、はは……はぁー」
おもんねぇー…………。
ため息をつきつつ、さっさと仕事を終わらせるため、身だしなみもそこそこにすぐに家を出た。
「……どちらさまでしょうか?」
俺がドアを開けた先には、ザッザッザッと音を立てて雑草を踏みながら、三人の男が歩いてきていた。
その視線や歩く向きから、俺のもとに来ていることなど一目瞭然。無視をするわけにもいかず、ガチャンとドアの鍵を閉めながら、彼らの到着を待った。
「僕のことは分かるだろう? 一週間前にも来たじゃないか」
口を開いたのは、高そうな装飾のされた衣服を身につけた男。右手にある安そうな麻袋以外、手荷物は無かった。
彼の後ろには、護衛と思われる人を2人従えていた。身なりからして、依頼で雇った冒険者と言ったところか。
「一週間あれば人は簡単に忘れますよ、シャリさん」
「惜しい、それは寿司に使う酢飯のことだよ……誰が口酸っぱい男だって? ルイ」
シュリさんは温かい笑みをにっこりと浮かべる。目は氷点下を下回っていそうだが。
「今週も変化なしかい?」
毎週恒例のバカなやり取りを交わしたのち、シュリさんは早速本題に入ってきた。
「えぇ。面白いくらいに」
「面白かったら困るよ。普通が一番さ。ほら、先週の給料だ」
シュリさんは唯一の手荷物を俺に渡してきた。
それを受け取り、俺はすぐに中身を確認する。
「ちょっとは遠慮というものを知ったらどうだい?」
「増額はないみたいですね」
「うん。減額もないよ」
「最低賃金なのに、これ以上減らされたら困りますよ」
俺は悲しみながら麻袋の口を閉じ、ポケットに雑に突っ込んだ。
ジャリッという音とともに、銅貨の冷たく硬い感触が布越しに俺の太ももに伝わる。
「おう、誰が懐が寒くてさみしいって?」
「いちいち暴露しなくていいからね?」
「それにしても、もうちょっと増やしてくれてもいいと思うんですが」
「王国からしてみれば、メンテナンスするだけなのに増額しろ、って方が無理な話だと思うけどね」
言わんとすることは分かる。
大規模でもないメンテナンスに、やろうと思えば数分で終えることができる仕事なのだから。
……いや、それにしても……
「なんとかしてくださいよ。十年この仕事やってて、十年前が一番給料高いのはさすがにどうなってるんですか……」
十年前は日給銀貨十枚だったのに、最近はその二十分の一の銅貨五枚である。
どうやらこの価格、王国の最低時給と同じらしい。
「僕は君に給料を渡すだけの、ただの役人だからね。言いたいことは王へ直接申してもらわないと」
「その王に会うための謁見費が払えないから、シュリさんに言ってるんですが。まぁでも、俺はまったり暮らせたらいいんですけども」
「はっはっは、それじゃまた来週」
シュリさんは護衛二人を伴って、やって来た道を帰っていった。早足だったのは気のせいじゃないだろう。
俺はその背中に小さくお辞儀をした。国の役人と辺境民という事実なのには変わりないのだから。
形式だけは守っておく。
その後、彼らとは反対を向いて、日が沈み少し暗くなった山道を歩き出した。
右を見ると生い茂る木々の隙間から、彼方にある王都が小さく見える。
少し熱気を纏った風が優しく吹いていた。
俺はあくびをしながら、閉じそうになる
「こんな状態で山道歩くなよってな。俺も思う」
とはいえ、減給は嫌なので、無理やり脳を活性化させて、この森のさらに奥深くへ歩いていった。
「やっぱ地味に遠いよな、
二十分ほど歩いて森を抜けた。この周囲は木々で埋め尽くされているが、この場所だけ意図されたように、草原がポツンと丸く広がっていた。
その"意図"も、草原の中心にある少し大きな岩と、それに刺さった剣を見れば、誰でも分かることだ。
そして、それこそが俺の"メンテナンス"の対象。
「いつも通りだな」
ざっと一瞥して、深刻な問題が無いことを確かめた。
目には見えないが、とてつもないオーラを纏っていることは一目瞭然。
「いや……目に見えていないなら"一目"という言葉は不適切……? しかし、だからといって"聞こえる"わけでもないし、"匂う"わけでも"味わう"わけでもない。"触って"もない。……はっ! これがいわゆる第六感というやつか……!」
そこまで考え、どうでもいいことに気づき、脳の端っこに置いてハンマーで粉々に壊しておく。
【聖剣】と名付けられた"それ"が、そこにあった。
神話の時代から残る書物にも、はっきりと記されている、伝説の剣である。
魔王を討ち滅ぼすために神々が作った剣であり、凄まじいほどの聖なる力を有している。
それ故に、一流の剣士に持たせるだけでは剣士の精神が崩壊してしまうのだ。
「これが過去に、世界を滅ぼしかけたんだもんな」
それ以降、俺のようなただの武具師が『聖剣をメンテナンスする』職業となり、代々聖剣の暴走を見張っている。
人々がその恐ろしさを忘れ、賃金がどんどん下がっていき、今では最低賃金となってしまったが。
「よし、詳しい検査も、さっさと終わらすか」
俺は剣のもとに近寄り、さっそくメンテナンスを始めた。
神話の時代の大魔道士がこの岩に施した封印のおかげで、聖剣の暴走を食い止められているらしい。
しかし、それも千年前の話。
岩は風化する。ずっと保つことはできない。それは、そこに施された封印も同じ。
周りの地面や草木の成長具合、気温、湿度、風速。多少細かいと言われようとも、異常が無いか、入念に調べていく。
……少し雑草が増えてきているのが気になる程度で、特に問題は無さそうだな。
さて、次に聖剣と岩か。
「うわ……隙間できてるな……」
俺は飛び上がり、岩の上部、剣が刺さっているところを確認する。
すると、剣と岩の間に僅かだが隙間が出来ていたのにすぐに気がついた。
封印が緩んでいるのか、聖剣の力が強すぎるのか。詳しい原因は一切分からない。"隙間がある"という事実だけで、事態の深刻さは十分に分かる。
とにかく隙間が出来ていた。大問題。
「えーっと、この場合どうするんだっけか……」
俺は家を出る前、毎日ポケットに突っ込んでいる【メンテナンスのやり方】と書かれた紙束を取り出す。
ちなみに聖剣専用のものではない、雑貨屋で買ったものだ。あと、めっちゃくしゃくしゃ。
「『第八十七項、イレギュラーが起きた場合は、依頼主に伝える』か……」
俺の場合、シュリさんのことだろう。それ以外に伝える相手もいなければ、分かってもらえる相手もいない。
少々、かなり、だいぶ癪だが。
しかし、王国の役人に伝えたら面倒なことになる予感しかないな……そんなことになるくらいなら、さっさと帰って寝たいのだ。
「ま、いつも通りそれっぽくしておくか」
俺は左手で紙をポケットに突っ込みつつ、右手で柄を握り、聖剣をスポッと抜いた。
封印により、押さえつけられていた力が溢れてくるのが分かる。とてつもない力だ。
周囲の草や葉を揺らし、風を吹かせ、暗雲を呼び込んでいる。
俺は、その力が全開放されないように、柄を握り潰すほどの握力で握りしめる。
「……っと、やっぱエグい力だなぁ……」
やがて、その現象が僅かに落ち着いた。
俺は余った左手で、俺の身長の二倍はありそうな岩をヒョイッと持ち上げる。そして、器用にクルっと回し、裏返して地面に落とす。
当然のことながら、そこには隙間などない、綺麗な面があった。
メンテナンスの偽装? いやいや……
「修理と言ってもらいたいな。言い換えれば、残業だ」
俺はそこに聖剣をぶっ刺した。
封印の力が再発し、力が一気に収まるのが分かる。聖剣のオーラによって吹き荒れていた風も収まった。
問題が無くなったことを確認し、俺は岩から飛び降りた。
そして、口笛を吹きながら家に向かって歩き出した。
「よし、今日も異常なしっと」
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