夜の勇者と星の聖女~封印から目覚めた勇者が病み落ち魔王と化していたんだけども~

瓊紗

第1話 私、生け贄だったわ


――――目を開けたら異世界……なんてこと、本当にあるものね。


「……そして私は今、どういう状況なのかしら」

カラカラに渇いた喉が軋む。

さびれた部屋。私の声以外音のない空間。

ゆっくりと身体を起こせば、まるで人生の節目の節目くらいを迎えてからの重だるさを感じるわ。


寝ていたベッドは固くて寝心地最悪、掛け布団はパサパサ。

むしろこのベッド、寝るためのベッドと言うよりも何だか違うもののような……?


明らかな石造りのそれは、例えるのならば……祭壇……?

ゆっくりと地に足を付ければよろけてくずおれ壁に手を付く。


私の腕は透き通るように白いけど、何つーガリガリ。


パサリと肩からこぼれ落ちる髪はまるで老婆のよう。


……はっ。


「私……まさかおばあちゃん……!?」


近くに偶然置いてあった割れた破片を引き寄せ、鏡のように映るその顔をしかと見つめる……!


おばあちゃんでは……なかった。

20歳は行ってるかしら。それとも、行ってない……?けれど頬はこけ、目の下にはクマができている。疲れはてた顔の私がそこにはいた。


私は地球と言う惑星ほしの日本と言う国で、いわゆる社畜をしていたのだ。目の下には隈を作りながら、髪はボサボサ。ヘアケアもできない状態で、過労死したことは覚えている。


そして多分これは流行りの異世界転生でしょうね。憑依と言うよりも、これは、私。何となく記憶が鮮明になってきたもの。


前世の記憶を……感覚を思い出したんだわ。それはいかにもな悪役令嬢街道をつい進んでいたわけでもなく、残念ヒロイン街道を突っ走っていたわけでもない。はたまた不遇ヒロインの如く虐げられており、これから大逆転のざまぁ劇を繰り広げられるわけでもない。


「私、生贄だったわ」

まさかの、生贄。この身を差し出し、死ぬために祭壇に寝かされた。飢餓状態で。そして私の身を差し出せば、王国――――そう、このツリーランド王国は益々の繁栄を獲ることができる。いや、充分豊かな国だ。食糧にも困ってない。幸い騎士団が各地にしっかりと配備され、辺境を魔物や他国の侵略から守るための辺境伯も辺境伯軍をしっかりと管理しているから、魔物被害も抑えられているし、国内は周辺国髄一の治安のよさ。


各貴族もよく領地を運営し、平民だって人並みの生活を送ることができているのだ。


さらには王族もまたよき国王、国民に愛される国母の王妃、王太子は優秀で、他にも3人の王子、そして末娘の王女。


王女は聖女の資格を持ち、慈愛に満ち、さまざまなボランティア活動や無償の治療行為に身を投じ、国民全員に愛されている。


……そう言えば、その王女が問題だったんだわ。何故ならその王女が、聖女として言い出したことが私の今の状況を作り出しているのだ。


このツリーランド王国は、本来であれば生贄を出して神の慈悲を乞う必要のない、豊かな国。


そうであるのに私のような生贄を出したのは……。


完っ全に王女のわがままだ。


私のもともとの髪がスノーブロンドと言う、雪のようなブロンドヘアーだったこと。


そして瞳が冬の夜空のような深い藍に、まるで星をちりばめたような幻想さを秘めていたこと。


その珍しい見た目は、周囲の注目を集めた。


それが、小さなころよりちやほやされてきた王女にはおもしろくなかったのであろう。


誰もが羨むストレートのプラチナブロンドに、エメラルドグリーンの美しい瞳に、陶器のように滑らかな肌。

美しい顔立ちに恵まれたボディ。そして王女であり、聖女と言う立場。私にないもの全てを持っていると言うのに……他人が自分よりも注目されることが、何よりも許せない。


当然、私へのこの生贄と言う処遇については、父も母も、嫡男の兄だって反発したが、かたや田舎の男爵家が王家にかなうはずもない。


下された答えは、男爵家のお家取り潰し、男爵家全員の、処刑。


王家への不敬罪で下された家族への極刑を防ぐために、私はこの生贄の任を受け入れるしかなかったのだ。


私だけが生贄と言う形の処刑の任を全うすることで、家族は爵位も金も失ったが、国外追放となるだけで済んだと聞かされた。その報せを待って、私は生贄として、ここで生けるしかばねとなったのだ。


――――しかも、神への生贄ではない。豊かなこの国は、聖女にも恵まれ、神へ捧げる生贄など必要としていないのだ。


では私は一体、何への生贄となったのか。


その昔、世界を震撼させた魔物……いえ、魔物かどうかも謎の恐ろしい化け物がいた。


それは時の聖女と、異界から神が遣わした勇者がやっとのことで封印したのだと言う。


因みにその聖女と勇者の子孫がこのツリーランド王国を興した王祖である。


だがそれ以降、この魔物かどうかも怪しい魔物と言うのは、伝説となった以外は何の音沙汰もない。むしろだからこそ伝説上の化け物と言われるようになったのだ。


その化け物の封印を強化するために。


王女はそう述べ、聖女と言う立場を利用し、神からのお告げだと告げた。そのお告げは本物なのか、嘘偽りなのかは分からない。


しかし封印など本当にあるのか。もし本当にあるのだとすれば、やるべきことは生贄を捧げることではなく、聖女である王女が勇者と共に再封印を施すことなのではないか……?


幸いにも、勇者召喚はたびたび行われ、聖女や王女と婚姻を結ぶことが一般的である。


神は聖女のためと言わんばかりに勇者を召喚し、聖女であり王女でもある彼女は夢中になった。


勇者も美しい彼女にぞっこんだと言うのに。それでもなお、王女は私をねたんだ。

これでもかと言わんばかりに、勇者の目の届かない場所で執拗な嫌がらせを仕組んだ。


自分の手は汚さずに、ひとを使って……。私が悪だと教え込み、熱心に神や聖女に祈る信者を使った。


今なら、そう分かる。冷静になった今なら……。

王女は、私との約束を守るはずもない。守る理由がないのだ。お家が断絶し、ただの平民となった化け物への供物の私の願いを……聞き入れる理由すらない。


だから……お父さまもお母さまも……それからお兄さまもみんな、殺されてしまったことくらい……分かる。

自分たちの豊かさだけではなく、貧しい隣国のシュテアランドのために慈善事業や寄附をしようとしていた優しい家族。

でもそれすらも、豊かさをふんだんに蓄えた領民たちは我慢できなかった。そんなことをするのなら自分たちに還元しろと騒ぎになり、結局その案は白紙になってしまった。

このどこまでも強欲なツリーランドによって、家族は殺された。私も生け贄とされた。


何日も飲まず食わずだったのに、涙は流れるものなのね。


頬を伝うその涙は、まだ温かく、生命の灯火を宿していると言うのに……。


こんなことなら。


本当に魔物が、化け物でもなんでも、目覚めてくれればよかったのに。


祭壇と同じく古びた壁をなぞる。所々にひび割れがあるが、これをぶち破って逃げる力などない。


「……これは」

しかしその中に何か懐かしいものを見付けたのだ。


「これ、まさか漢字……?」

正の字、日付。ここに他にも日本人がいたのかしら。

――――その、時だった。


パリンッ


硬い金属を裂くような不協和音が響き渡る。


「……っ!?」

一体何が、割れる音!?窓は外から鉄で塞がれ、扉もまた、外から杭で塞がれているはず……っ。


その答えは……何もない空間にあった。


私が横たえられていた祭壇のすぐ先の空間にヒビが入る……っ!?


ガリンッ


ギリンッ


尋常ではない音に、身構えるも、私には何もできない。私はただ死を待つだけの、生贄。王女の嫉妬のためだけに飢え死にすることを望まれた……ただの平民の女。


ゴオォォンッ!!


最後に響き渡った、空気をもぐらりと揺らめかせる衝撃と共に、空間の亀裂から何かが飛び出してきた……!?

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