#10
シャロンはボックス席を出ると足速に回廊を歩く。ハンドバッグをゴミ箱に捨てると、中からNAA-22Sを取り出す。それを胸元に仕舞うと、壁に取りつけてある救助用の斧を見つけた。ガラスのケースを肘で壊し、斧を手に取る。かつん、12cmのヒールを鳴らし豪華絢爛なオペラ・ガルニエを歩いていく。
「やぁ、シャロン。俺を置いてこいつとオペラなんて薄情な女だ」
物陰から出てきたジョン。やはりジョンはギルに銃を向けていた。ニヒルに笑うジョンと悪戯にニヤけるギル。
「嫉妬深い男は嫌いよ」
シャロンはジョンを睨みつけ、そのまま鋭い目線をきろり、ギルに向けた。なぜ俺を睨む! と目で訴えるギル。簡単に捕らえられたからよ、と内心で叫ぶシャロンだが、ジョンが間髪入れず、再度ギルに銃を突きつけた。
ジョンの愛銃はデザートイーグ.50AEだ。世界最強のハンドガンは? という議論をしたら、真っ先に上がってくるオートマチックピストル。ジョンはデザートイーグル.50AEをカスタムしているらしく、スライドやグリップスクリューに蔦などの模様が彫られていた。
「相変わらず趣味の悪い銃ね」
「俺の女を貶さないでくれよ、シャロン」
ふ、ッと不敵に笑うジョン。バウンティハンターとして捕まえることが最優先の男が世界最強のハンドガンを持っているというのは些かおかしな話だ、といつもシャロンは思っていた。
「ここでギルに銃をあてがう必要なんてないのに。随分と嫉妬深いのね。私が他の男といるのがそんなに嫌いかしら?」
「あぁ、反吐が出る」
「貴方の趣味はいつも最悪ね」
「てめぇのその顔は何度見ても最高だよ。俺を卑しい者として見る顔、そそる」
両者の会話を聞いていたギルは、は、ッと破裂音を奏で鼻で笑う。その嘲笑に苛付いたのかジョンは腹部にあてがう銃をさらに押しつけた。
無言の応酬が続いたが、オペラの開演のベルが鳴り響いた。その瞬間にシャロンは持っていた斧をギルとジョン目掛けて投げつける。。ギルとジョンの間に美しい放物線を描く斧。ジョンは避けるべくギルの腹部にあてがっていた銃を離し、距離を取った。
「あぶねぇな!」
「急いで! 逃げるよ!」
ギルは向かってきた斧を華麗に避けたが、口は減らず、暴言をシャロンに向けて放った。そんな暴言を聞き流したシャロンはハイヒールを鳴らし、回廊を走り出した。シャロンに続いてギルも逃げる。首元のネクタイを乱暴に外しながら長い足を巧みに操り走る。
「なんなんだよ! あいつ! マジおまえのストーカーじゃねぇか! キモ!」
「愛は盲目らしいわよ」
回廊を走り抜けると大ロビーに辿り着く。ヴェルサイユ宮殿の鏡の回廊と似ている、そう走りながら思うシャロン。鏡と窓を駆使して空間の広がりを演出している、走りながら隅々まで観察していると、背後から銃弾の音が聞こえ、目の前にあった柱に弾が突き刺さる。めり込む弾丸を視界に入れ、スピードを落とさぬまま走る。シャロンは背後を確認するとジョンが愛銃を向けているのが見えた。
「俺たちの確保は生死を問わずってやつか?」
硝煙の香りが漂う。ふたりは懸命に走る。トップスピードを落とさぬまま足が動く限り走った。大ロビーの天井には鏡が飾られてあり、それを見上げればジョンが愉しげにトリガーを引いている姿が見えた。大ロビーであるグラン・ホワイエは開放的に作られてあり、隠れる場所がない。グラン・ホワイエを走り抜け、アヴァン・ホワイエと名付けられたフロントロビーに逃げ込む。モザイクタイルの上にハイヒールが滑る。美しいモザイクタイルに銃弾がめり込んだ。ぱしゅ、音が弾ける。アヴァン・ホワイエにも隠れる場所がなく、シャロンとギルは大きく舌打ちをした。シャロンは胸元からNAA-22S取り出す。22口径は威力が他よりも少ないため、的確に急所に当てなければならない。
シャロンは一度、その場に立ち止まり意識を集中させた。手の平に収まるほどの小さな銃を構え、連続3発をジョンの眉間目掛けて発射させる。硝煙を撒き散らしながら舞う弾丸。ジョンはその3発を見事に避けた。自らの愛銃でシャロンの弾を撃ち落とす。
「シャロン? なんだ? てめぇ、今急所狙ったな? 殺そうとしただろ?」
「愛する者はこの手で殺したくなるのよ」
愉しげに笑うジョンは衝撃の強い弾をシャロンとギル目掛けて放つ。それはシャロンと違い、急所を避けているもので、戯れ合いだと言われれば納得してしまう甘いものだった。ナメているとも言えるそれだがジョンの愛銃はデザートイーグル.50AEだ。どれだけ急所を避けようとも衝撃力は強い。ジョンの足元にからん、薬莢が落ちていく。豪華絢爛なオペラ・ガルニエの床に似合わない光る薬莢。
シャロンは立ち止まりジョンを睨みつける。無言の応酬が積み重なる。シャロンは退屈そうに目を細めた。世界最小の銃を投げ捨てまた走り出す。
シャロンの逃げる姿を見つめ、ジョンはくつくつと愉快そうに喉で笑う。不敵なその姿は紛れもなく捕食者のそれだった。
オペラ・ガルニエに幾度となく銃声がこだまする。シャロンとギルは猫から逃げるネズミのように大階段を駆け降りた。びゅん、ひゅん、シャロンとギルの体の周りを駆け巡る弾丸。かん、音を立て大階段の大理石を潰す。
「盲目にもほどがある。おまえのファントムは最悪だ!」
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