流星の如く旅路を輝らして〜超一流魔女みならいのわたくし。この度、ホムンクルス(失敗作)の親になりまして〜

彼岸りんね

第一章 輝らされる旅路はここから。

プロローグ 神のいない世界


 それはとある世界の昔噺。生命が主役である最古の伝説。


 その世界には、神というものがいませんでした。神がいないということは、罰を与えるものがいないということ。


 世界に生まれた小さな悪は瞬く間に大きな悪になりました。


 悪はまず、天をも突き抜ける世界樹に住み着きました。世界樹は瞬く間に悪に侵食され、世界樹の恩恵を受けていたあらゆる国の土地は、豊かとはお世辞でも言えない程に荒んでしまいました。


 それでも神のいない世界で悪を罰する者は現れず、その間も悪は蔓延り続け、相も変わらず世界樹を依り代として、さらなる絶望を世界に振り撒き続けていました。


 悪は、太陽と青空を。次に月と夜空を共に縛ると、生きるものたちの目には、悪という名の絶望のみが映るようになりました。


 巨悪と対峙するのは英雄という善のみ。巨大な悪の前には、人間も魔も同様に困り果てていたのです。


 創世より敵対関係にあった人間と魔物は、一時休戦。手を取り合い、禁忌であった生命の召喚の儀を行いました。


 何かを得るには必ず代償が付き纏うものです。


 双方がその苦難を越えた末に、救世主として召喚された生命たち。それらを人間と魔物は力が備わるその時まで共に守り続けました。

 多くの犠牲を払った代わりに熟練の業を身につけた生命たちは、全身全霊を以て国に巡らされた悪の根を絶ち、太陽と月、夜空と青空を縛った鎖を解き放ちました。全ての国を解放した後、その圧倒的な力の下に悪を倒し、世界を救ったのです。


 悪を討ち取ったその日、英雄たちを祝福する宴は悪を打ち倒した世界樹の根元で行われました。


 そしてそれは宴の最後、皆が空を仰いだときでした。


 青や紫、黄色に翡翠の光を纏い流れ行く流星に目を奪われました。流星は鋭く流れていきますが、それでも放たれていた光は柔らかく温かいものでした。


 神のいない世界で祝福するのは人間と魔物たちだけだと思われていました。しかし、神がいないのならと暗闇の間は月と夜空が祝福したのです。


 月は夜を照らし、夜を歩くものが淋しくないように。夜空は歓びの涙の代わりに流星を流しました。美しい景色で皆の心が満たされるように、と。


 そんな月と夜空に遅れを取るまいと、次の日には太陽と青空も負けじと皆を照らし祝福しました。


 そして英雄たちの晩年。

 英雄たちは、神のいない世界の神になりました。死んだのではなく、神になったのです。


 神になり、本来いるはずだった神の代わりに悪を罰すると。


「……これでこの世界のお話は終わりよ。さ、みんな寝なさい」


 緩くまとめられた金色の髪を持つ少女は、ベッドに囲まれたイスに座っていた。ゆっくりと本を閉じて、微笑む。


「って、いつも寝ちゃってるのよね、みんな」


 あくびを一度だけして、イスから立ち上がる。絵本でまとめられた棚にしまってから、子どもたち7人の顔を見て微笑む。


「おやすみ」


 優しく囁かれたその言葉はより子どもたちの寝顔を安らかなものにしていった。

 そんな事には気づかず、少女は人差し指を宙に向かわせる。吊るされた電球に向かって指で円を描くと中から煌々と部屋を照らしていた光が静かに消えた。


「さてと」


 少女は星の形をした可愛らしいライトに照らされた廊下を進み、次はヒカリゴケでキラキラと光る石造りの階段を一段一段踏みしめて降りていく。

 睡魔が迫るおかげでぼやける視界に油断せずしっかりと脚に力を入れて。


「はぁ……ねむ」


 壁伝いに、慎重に。やっとの思いで地下へと辿り着く。入り組んだ地下は日の光が入らず暗く湿っている。杖を取り出し、近くのキノコを一房、ポンと叩く。


 叩かれたのはクラヤミダケ。クラヤミダケは日の光が届かない場所にしか生息できない。日の下では胞子を飛ばしても消滅してしまうからだ。そして少しの衝撃でも互いに共鳴するように光り輝くキノコでもある。

 そのため、少女の杖で叩かれた一房から光は広がり、地下道全体を照らした。


「ええっーと?」


 しばらく歩いて、少女は一つの扉の前で止まる。扉には〝関係者でも立ち入り厳禁!!〟と記された板が貼られている。


「コンコーン」


 中に誰かいるのか、少女の声に返答する声があった。


『家の守り手』


「バラの棘」


『祝福の風』


「ジャスミンの香り」


『戸を叩くのは』


「ヒイラギの葉」


『………解錠』


 カチリ、とドアノブから音が鳴る。中へと入ればあら不思議。中には誰もいなかった。


「施錠魔法もめんどくさいわねー……。あーあ。すんごく眠いわ……さっさと〝いつもの〟やって終わらせよ」


 そう言って少女は杖を部屋の中心に向ける。

 杖の先、部屋の中心には小さな机が一つあり、その上には液体と何かが入った瓶が置かれていた。


「そう言えば、今日で最終日だったわよね」


 一度杖を降ろし、瓶に近づく。

 少女は横からでも下からでも中を覗いてみる。


「確かに人の形っぽいのはあるけど……ほんとに大丈夫かしら……ま、まあいいわ。どうせ今日の世話が終わったら、後は一切光を当てずに一週間放置しておくだけだもの!」


 そう言って、瓶から距離をとり、今度は自信満々に杖を構える少女。


(落ち着きなさい……あたしは、超一流魔女みならいなんだから!)


「っは……」


 少女が杖の先に魔力を込め始めると、どこからともなく集まってきた光が密集し始める。先のクラヤミダケと似たような蛍光の光たち。


「生まれ損なった命は無に還らず。生命を導く天秤の釣り糸によって引き戻されん」


 詠唱を続けつつ、少女の脳裏にふとした疑問が浮かんだ。


(そう言えば……


 この呪文の、〝生命を導く天秤〟ってどういう意味なのかしら。天秤は測るものでしょ? 裁定するものでしょう? 導くというより、重さを計る……)


 雑念とも言うことができる。そんな思考を巡らせながらも、詠唱によって集められた魔力は杖の先から瓶へと流れて行く。

 その時だった。


「成り損なった命よ我が礎に、礎は解けた魂を生かす墓石なり。


 命を〝計る〟天秤よ、今我が手にその釣り糸を委ね給え!!


 ………あっ!!?」


 睡魔、そして最終日で気を抜いていたことが作用した結果、盛大に言い間違えてしまったのだ。



 少女が駆け寄り慌てた頃には時すでに遅し。


「だっ、大丈夫よね……?


 ダメかしらっ?!」


 詠唱を終えて、すべてが終わった時、不快感を沸かせてしまうような怪しげな光がバチッと瞬間的に光り、瓶に収束していってしまった。


「……。……。……。


 落ち着きなさい、ヴィオトレッラ。いくら詠唱時の言い間違えが、世界を滅ぼしかねないものと知っていても、明日からのあたしがなんとかしてくれるわ!


 ……いいえ! そもそも魔法は想像! 間違っていないと信じれば……!!」


 この少女〝自称〟超一流魔女みならい。名はヴィオトレッラ・ゴールドウッド・アブゾーラ。

 〝自称〟超一流魔女みならいのヴィオトレッラは、たった今、ホムンクルスベビー錬成という〝初心者向け〟の課題に、失敗した。


「ああああ! オーマイゴーーッド!」


 それぞれの国を護る神はいれど、時を戻してくれる神はいないのである。

 ドンマイ、というやつである。

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