第16話 sincerity-5th
俺の昔話を語り終えた後、朝宮は特に感想を言うこともなく「寝ます」とだけ告げて数分のうちに寝息を立てた。
「……おいおい、他人の家で寝るか普通」
朝宮の様子を見ながら俺もいつの間にか寝入ってしまったようで、室内の時計を見るとすでに夕方の5時を過ぎていた。
「スポドリでも持ってくるか」
座った状態で眠っていたために、凝り固まった体をほぐすためにも俺はいつでも朝宮が水分補給ができるよう買ってきたスポドリを取りに一階に下りた。
1階のキッチンに到着すると冷蔵庫で冷やしていた差し入れを取り出す。他人の家の冷蔵庫を勝手に開けるのはどうかと思うが、その辺の許可は事前に朝宮本人からもらっている。
「にしてもなんで俺、あんなこと話したんだ」
朝宮から俺のことを話してくれと言われた時、俺は数ある選択肢の中で俺自身の過去を話した。他人に話せば絶対に暗くなる話題だってわかっていたのにもかかわらずだ。
「もしかして、知ってほしかったのか?」
孤独を是とし、これまで他人を遠ざけておきながら、結局俺は誰かとのつながりを求めているのか。
「……まさかな」
俺は鼻で笑って余計な考えを一蹴する。スポドリとみかんの缶詰の入った袋を取り出し、みかんの缶詰だけ再び冷蔵庫に入れ直す。後はスポドリだけ持って二階戻るという状況で、俺は明かりのないリビングを見渡す。
家に上がった時はよく見なかったがキッチンの隣にあるリビングの間取りは10畳ほどの広さでソファ、テレビなどの日用雑貨が置かれている。しかもそれらの整理整頓がしっかりと行き届いている。リビングにある木製の棚にはたくさんの賞状とトロフィーが飾られていた。戦績は全て優勝。トロフィーも綺麗に手入れされているのでもらった直後のように暗がりでも僅かな光で金色に輝いている。
「やっぱりすごかったんだな、朝宮優は」
「その言葉、本人に言った方が喜ぶと思うわよ」
「そうしたいのは山々なんですけど今は」
そこで言葉を切った。何故なら一人言に入って来た声の主に、聞き覚えがなかったから。
「まったく、一人でも大丈夫だって言ってたのに、結局人が入ってるじゃない。しかも男の子」
部屋に光が灯され、辺りがはっきりと見えるようになり、俺の視界に声の主が入る。
見た目は二十代後半くらいだろうか。クリーム色のコートの下には紺のスーツが見えており肩からは青色のトートバックがぶら下がっていた。長い黒髪を黒の髪留めで整え、撫で肩で均整の取れた体つき、何よりそこにいるだけで人を引き付けるオーラが彼女から漂っている。
「ところで質問だけど、君はどこの誰で、どういった理由で人様の家の台所に立ち入っているのかしら?」
俺は少し慌てて「申し遅れました」と前置きを言って自己紹介をする。
「5秒以内に発言しなければ警察呼ぶから」
「朝宮優さんと同じ高校に通っている日比野明です! 今日は朝宮さんにお見舞いに参りました!」
「そう。で、人様の家の台所にいる理由には辿りついていないけど?」
安心したのも束の間、女性は携帯片手にボタンをプッシュしている。
「冷蔵庫に置かせていただいた差し入れを取りに来ただけです!」
「あの子の許可は?」
「いただいてきます! 冷蔵庫の使用許可も朝宮さんが眠る前にもらってます!」
正直に答えると、女性は少し驚いた顔をした。
「今、あの子寝ているの?」
「はい。最初は寝苦しそうにしていましたけど、今はぐっすり眠っています」
「というか、あなたあの子の部屋に入ったの?」
「朝宮さんの看病もさせてもらうために、そこも本人には了承済みです。なので彼女にやましいことは一切していません」
「……へぇ」
女性は少し口元を綻ばせて携帯をテーブルに置いた。
「オッケー。あの子に聞いてみないことにはわからないけど、今はあなたの言い分を信じることにしましょう。本当に犯罪者なら、忍び込んだ家でのんきに病人の看病なんかするはずがないし」
予断は許されない状態だが、今のところは大丈夫だとわかったので、そっと胸を撫で下ろす。ようやく精神的余裕が出来たことで手荷物の整理をする女性に、最初に見てから思っていた疑問をぶつけてみた。
「あの、こんなこと訊くのは失礼かもしれませんが」
「そう思うのなら、言わない方が良いんじゃない?」
そんなことを言われれば、この後の内容が訊きにくくなることをこの人は気付かないのだろうか。いや、気付いた上で尋ねているのか。
訊きにくさを吹っ切りもう一度訊き直す。
「そこをわかった上で。あなたは朝宮さんのお姉さんですか?」
俺の質問に呆気にとられ、たっぷり3秒待って彼女は笑い出す。
「そっか。私をあの子のお姉さんね」
何か間違えてしまったのだろうか。従妹か? まさか妹なんて言うんじゃ。
「君も自己紹介したのだから、私もするのが筋よね。私は
ウィンクと一緒に飛んできた強過ぎる衝撃は、彼女との今までのやりとりの全てを凌駕して、俺に頷くことしかさせなかった。
「お、お母様……」
「はい、そうです。それと日比野君。さっきからその『朝宮』と言うのは娘のことよね?」
そう言うと晴陽さんは目を細める。
「私も『朝宮』なのだけど」
「あっ! やっ! お母様をそういう風に言ったつもりは」
「さっきも言っていたけど、私あなたのお母さんになった覚えはないわよ?」
その問いにさらにパニックになりかけるが、そこまでのやり取りで俺はようやく晴陽さんが何を言いたいのか理解した。
「つまり、名字で言うのは止めてほしいと?」
「娘を下の名前で呼ぶか、もしくは私を下の名前で呼んでくれるとありがたいのだけど」
頭の中では名前分けしているのだが、実際口に出すとなると、晴陽さんの方が軽傷で済みそうだ。学校に言った時、うっかり「優さん」って言ったらものすごい報復が待っていそうだ。主に清臨高校の生徒たちから。
「では、晴陽さんと呼ばせていただきます」
「私の名前を呼ぶの? 娘の方が良いんじゃない?」
「参考程度に訊きますが、何故そのような質問を?」
「だって私を下の名前で呼ぶって、あなたが私の旦那」
「えらく飛躍しましたね⁉」
いくら見た目が若いからって、そこまでの勘違いは発生しない、はずだ。
「そういえばお礼がまだだったわね。娘のお見舞いと看病ありがとう」
「気になさらないで下さい。全部勝手にしたことですから」
「勝手なことでも、誰かのために何かをするというのはそう簡単にできるものじゃないわ」
晴陽さんは俺の目を見据え、微笑する。
「あなたが娘を嫌っていたのならなおのことね」
聞き違いでなければ、晴陽さんは確かにそう言った。
「あら? 何故そんなことを知ってるのかって思っているのかしら? それなら答えは簡単よ。娘から聞いてるもの」
開いた口が塞がらなくなった。朝宮が俺のことを家で話題にするくらいだから、さぞ悪く言っていただろうことが簡単にわかったからだ。
「さて日比野君。この後時間は大丈夫?」
晴陽さんに尋ねられ、室内の時計を見ると5時半になろうとしていた。
「もし何も用事がないのなら、夕飯くらい食べて行きなさい。こっちはあなたに何もお返していないし」
「そんな。返していただくなんて」
「こっちが気にするから言っているのよ。あなたの意見は聞いていません。それとも、あなたは恩を返そうとしている人間の善意を何の迷いもなく、あっさりと、無下にすることのできる心ない人なのかしら?」
「そこまで言われる筋合いはないですよ!」
どこまでも自分の意思を優先させて動く所はやはり親子なのかと考えてしまう。ここまで自分勝手だと清々しさすら感じる。
「で、どうするの?」
「……でしたらお言葉に甘えて」
俺の了解に晴陽さんは笑顔で答えた。
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