第16話 春季は、どっちが好きかな?

 昼休み。

 喜多方春季きたかた/しゅんきは、比較的人の出入りが少ない屋上にいた。

 春季は、そこに設置されたベンチに座っており、両隣には彼女らがいる。

 麗と阿子だ。


 阿子とは、校舎一階の自販機のところで出会い、今に至る。


 彼女らは弁当を作って来たらしく、春季は今から彼女らの弁当を食べる事になっていた。


 春季から見て、右隣には神崎阿子かんざき/あこ

 左隣には西野麗にしの/うららがおり、彼女らの膝元には蓋が開けられた弁当箱があった。


「私の方から食べてくれるよね?」


 阿子の弁当はパッと見、綺麗だった。

 色鮮やかで、内容も同じ色合いに偏っておらず、輝いて見える。

 それほどに弁当への盛り合わせ方も上手で、視覚的にも美味しそうに思わせてくれる構成だった。


 元から幼馴染の阿子は料理が得意で、小学生の頃から家庭科の時間には、皆の中心となって料理をしていた事もあった。

 今、弁当から漂ってくる匂いからしても期待できるクオリティ。


「卵焼きとか絶対に美味しいよ!」


 そう言って阿子は、自身の箸で掴んだ卵焼きを春季の口元まで運んでくる。

 その味わい深く、美味しそうな卵の匂いを鼻で感じ、それらを堪能しながら口に含む。


 阿子は料理が得意なだけあって、春季の口に入った瞬間からして美味しいと確信が出来るほどだった。

 焼かれた卵のうま味と隠し味の適度な量がベストマッチしており、春季は食べ応えを感じ、白米を食べたいという欲求に駆られるのだ。


「はい、春季くん!」


 左隣にいる麗が、咄嗟におにぎりを見せてくる。

 コンビニで売られているようなテンプレート的な見た目をしたおにぎりではなく。

 ちゃんと手作りされた感じが漂うモノ。


 春季はそれを見た瞬間から、麗の方に靡いてしまい、そのおにぎりの先端部分から食べ始める。

 麗のおにぎりは鮭味だった。

 新鮮な味わいで、程よく塩加減の利いたおにぎりとなっており、食べ応えがあったのだ。


「どうかな?」


 左隣にいる麗から問われる。


「普通に美味しいよ」

「本当?」

「うん」

「じゃあ、卵焼きと、私が作ったおにぎりだったら、どっちがいいと思った?」

「えっと、それは……」


 麗は絶対に私の方だよねと、目で合図してくる。

 そんな中、右側からは黒いオーラを感じ始めていたのだ。


 春季はその覇気をすぐに感じ取り、視線を右へと向かわせた。


 案の上、阿子は春季の反応を笑顔で見守っている感じだ。

 これから口にする一言で、大きく状況が変化してしまうのは言うまでもないだろう。


「……どっちも、美味しくて良かったと思うよ」


 春季は咄嗟に、一般的で当たり障りのない言葉で評価したのだ。


 双方からはジーッと見つめられている。

 正面を見ている春季は、肌でそう感じていた。


「ねえ、そういう意見は無しだよ」

「そうね、私もそういう意見を聞きたいだけではないのよ、春季くん?」


 阿子と麗から笑みを向けられ、ハッキリと言われるのだ。


「私、どっちがいいか、白黒つけたいの」

「そうよ。そのために、評価を聞いたのに」


 阿子と麗はムッとした顔で、春季の事をまじまじと見つめている。


 やはり、当たり障りのない返答だとダメか……。


 どっちも良かったという発言自体が、自分自身を守る言葉になっているのだろう。

 もう少し踏み込んだセリフでなければ、彼女らは納得しないのだと思った。


 しかし、どんなセリフがいいものだろうか。

 ――と、春季は彼女らの板挟みになっている今、深く悩み込んでいたのだ。


「んー、さすがに一個だけだと判断も困るよね? 別のモノでも食べてみる? 私ね、おにぎりの他にも作って来たの!」


 春季は麗の弁当箱を見る。

 すると、その中身は、パスタとサンドイッチだった。

 ほぼほぼ炭水化物みたいな内容であり、前菜というべきか、おかず的な立ち位置の食べ物は一切なかったのだ。


 麗のは、好きな食べ物だけをふんだんに取り入れた弁当となっており、ある意味規格外である。


「それ、弁当なの?」


 春季の右隣にいる阿子も、その弁当を覗き込んで目を白黒させていた。

 さすがに、あまり類を見ない内容となっており、阿子も衝撃を受けていたのだ。


「それは弁当としてどうなのかしら?」

「え、で、でも! 私的にも美味しいと思うんですけどね。別にいいですよね、春季くんも!」

「あ、ああ……」


 春季は苦笑いを浮かべていた。

 弁当としては少し違うかもしれないが、見栄えは良く美味しそうには見える。


「じゃあ、少し食べてみるよ」

「はい、これフォークね」


 麗からフォークを受け取り、そのパスタを巻き上げるように掬う。

 トマトソースが入り混じったパスタを口元へと運んで食べる。

 そして口内には、トマトの味とパスタの感触が広がっていく。


「どうかな? お味は?」

「普通に問題なく美味しいよ。料理が上手なんだね」

「それはそうですよ! 私、料理は好きですからね」

「そうなの?」

「え、まあ、そうですね」

「え?」


 麗の戸惑った反応を見るなり、春季の頭上にはクエスチョンマークが点灯し始める。


「え、えっと、なんでもないですからね! なんでも、本当に!」


 麗は慌てた様子で言い直していたが、阿子からはジーッと疑いの眼差しを向けられていたのだった。


「なんか怪しいですけどね」

「そんな事はないわ!」


 麗は視線を逸らしながら、阿子に対して言葉を切り返していた。


「それと、こっちがサンドイッチです! 食べてみてください、美味しいですから!」


 弁当から取り出された、そのサンドイッチは春季の口元へ向けられていた。


「ありがと」


 春季はお礼を言って受け取り、口に含む。

 一口サイズ程度の大きさをした、サンドイッチは丁度食べやすく、小さくも歯ごたえを感じた。


「どうかな? 一応、私の自信作なんですけど」

「いいと思うよ」

「ほんと? だったら、良かったです!」


 麗はパアァと顔を明るくすると、春季との距離を詰めてくる。

 彼女のおっぱいが、今まさに普通に春季の腕に接触しているのだ。


 その二つの膨らみも堪能したくなるが、時間的にも状況的にもそれは違うと自制心を働かせ、別の事を考えるようにして耐えていた。


「今度は私の番ですから。春季、あーんして」


 阿子は麗に対抗するかのように、恋人がやるような攻め方をしてきたのだ。


 春季は麗のオーラを肌で感じ取り、色々な意味合いでどぎまぎしながらも、阿子からタコさんウインナーを食べさせてもらった。


「どうですかね?」


 阿子の力作であるタコさんウインナーと、麗のサンドイッチの一騎打ちみたいな状況になっていた。


 やはり、いくら考えても、どうしても白黒をつけることが出来ずに頭を抱え込んでしまう。

 が、しかし、また当たり障りのない反応だと面倒になるのは目に見えていた。


「今回は……阿子の方で」


 幼馴染だからとか、そういう忖度があったわけではない。悩みに悩んだ末、総合的な味で評価をしたのだ。


 結果を耳にした阿子は喜んでいた反面。麗はムッとしたまま、春季の腕に抱きついてきたのだ。

 おっぱいの評価を踏まえると断然、麗の圧勝である。


 春季にとって、良くも悪くも現状を乗り越えたのであった。

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