第15話 春季は新しい朝を迎えた――

 麗と阿子。

 その二人と過ごした日曜日を乗り越え、今日――月曜日へと至る。


 喜多方春季きたかた/しゅんきは眠たい瞼を擦りながら自宅を後に、朝、学校へ向かって登校していた。


「春季、おはよう!」

「春季くん、一緒に行こ!」


 通学路の道で二人と遭遇し、春季は彼女らに挟まれながらも学校へ向かって行く。


 月曜日の朝から、二人からグイグイと攻め込められているのだ。

 昨日。阿子が、春季に対しての想いを麗の前で晒し、それから彼女らの間で競い合いが生じている感じだった。


 平穏に過ごせると思っていたのに、とんでもない日々を送る羽目になるとは想定外だ。


 春季は通学路を歩いている最中もため息をはいて、今後の事について考えていた。


「私、春季のために弁当を作って来たんだけど。今日のお昼どうかな?」


 右側の方からは神崎阿子かんざき/あこの誘いがあった。


「私も弁当を作って来たんだけど。春季くんは食べるよね?」


 今度は左側にいる西野麗にしの/うららからも誘われる。

 双方から勢いある問いかけを受け、春季は戸惑っていたのだ。


「春季くんが好きなのは、私の方だよね?」


 左側にいる麗が、春季の腕に抱きついてきた。

 いつもながら、素晴らしいと言わんばかりのモノに触れ、春季は麗の方ばかり見てしまう。


「最初から春季の事が好きだったのは、私の方なんだけどね」


 阿子も負けじと対抗してくる。


 その豊満な胸を使って誘惑してきた。

 春季の右腕は、今まさに阿子のおっぱいに挟まれていたのだ。


 朝っぱらから二人に近距離で絡まれ、緊張感を覚え始めながらも俯きがちになってしまう。


 ハーレム的な状況に、どう反応を示すべきか迷うのだ。

 通学路を歩いているだけでも、周囲の視線が気になってしょうがなかった。


「二人とも、今はこんなところでやめてくれないか?」


 春季は二人の勢いを宥めるように言う。

 しかし、彼女らは春季の意見を聞く素振りはなく、むしろ、先ほどよりも体の距離を縮めてきたのだ。


 春季は学校の昇降口のところまで二人から逃れることが出来ず、緊迫した学校生活がスタートしたのだった。




 他人から好意を持たれるのも大変だな。


 春季にとって、心が休まる時間といえば授業を受けている時くらいであり、授業中なら問題なく過ごせる。

 同じ教室にいる麗も真剣に授業と向き合っており、壇上前に佇む担当の教師の話をしっかりと聞いていた。


「では、授業はこれまで」


 担当の教師の発言と共に、授業終わりのチャイムが鳴り響く。

 クラス委員長が中心となって、クラス全員で終わりの挨拶をし、それを見た担当の教師は教室から立ち去って行く。

 授業中生じていたピリピリした空気感から、お昼休み時間へと移行して、ゆっくりと教室内が賑やかになっていくのだ。


 春季は机の上を片付けるなり、席から立ち上がり、教室から出た。


「ちょっと、春季くん」


 廊下を歩き始めたところで麗から呼び止められる。


「春季くん、一緒に食べる予定だったでしょ」

「え、ああ」


 春季は振り返って、彼女の方を見やった。


「私、自信作のお弁当を作って来たんだよ。今日は食べてほしいなって。一緒に食べてくれるよね?」

「そのつもりで、俺、今から自販機でジュースを買おうと思ってさ」

「そうなんだ、じゃ、一緒に行こ!」


 麗はテンション高めで、春季の事を慕うように満面の笑みを浮かべていた。

 二人は隣同士で一緒に廊下を歩き出す。


 廊下を移動していると、お昼休み時間なのに作業をしている人らがいる。

 その人らは、生徒会役員のバッジを制服の胸元につけており、校舎の壁にポスターを貼っていた。


「なんだこれは?」


 春季は立ち止まり、そのポスターへと視線を向ける。

 ポスターの内容としては、生徒会役員メンバーの再編成を目的とした役員選挙だった。


「もうそんな時期なんだね。春季くん、去年もあったでしょ、この選挙」

「ああ、確かに、そういえばあったな」


 振り返ってみると、そんな大がかりな行事を去年の十一月頃にやった記憶があったと春季は思い出していた。


 春季には関係ないイベントであり、あまり気にする必要性はないような気もすると思ってしまう。


「あなた達、そのポスターに興味があるのかしら?」


 ポスターを見ている二人の前に、副生徒会長である東条二奈とうじょう/にながやって来たのだ。


「この選挙で一位を獲得すれば、私が来年から生徒会長という事になるの。私はこの選挙で負ける気はないわ」


 二奈は堂々とした立ち振る舞いで話す。

 特に、麗に対しては対抗心があるらしく、二奈は彼女の事をジッと見つめていたのだ。


「でも、ただ選挙をするだけだとつまらないし。あなたも出なさい、麗!」

「私が? なんで?」

「じゃないと、あなたに勝ったって実感が湧かないもの」


 副生徒会長である二奈から麗は名指しされ、候補者として出馬するように促されていたのだ。


 二奈は昔から麗に対してライバル意識を燃やしており、この選挙にて、正真正銘の一騎打ちをしたいらしい。


「私、生徒会役員の選挙には興味ないし。私はやらないよ」


 麗はきょとんとした顔で即答する。


「でも、あなたが出ないと意味ないじゃない」

「えっと、何が?」

「だから、私が正式に勝ったっていう実感を持てないってこと。麗、あなたにはその踏み台になってもらうわ」


 勝手に名指ししてきて、勝手にライバル意識を持たれているのだ。

 麗も面倒くらいといったオーラを放ち、近くにいる春季も、そんな彼女の様子を察する事が出来ていた。

 がしかし、二奈だけはわかっておらず――


「じゃあ、あなたが今回の選挙に参加するって事を、今の生徒会長に伝えておくわね」

「え、いいよ。私、本当にやらないし。そういうの興味ないもの」


 麗は拒否を示していたものの、二奈からしたら納得がいかないらしい。


「はあぁ……分かったわ、一応、参加するわ。でも、一次の予選で落ちたら必然的に私、参加できないと思うけど。それでもいいの? 私みたいな一般生徒が一次を通るわけがないと思うけど」

「それに関しては任しておきなさい。私の方で何とかしておくわ」


 二奈は軽く笑い、また後でと言い残し、背を向けて立ち去って行く。


 そんな彼女の後ろ姿を見て、二人は少々ため息がちな顔を見せていたのだ。

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