第7話 幼馴染が本性を現してきた気がするんだが…
「さっきのドーナッツ美味しかったね」
「そうだね。また時間があったら来たいかも」
街中にあるドーナッツ専門店を後にした三人。
春季は、その二人の間に挟まれながら街中を歩いているのだ。
今まさに春季は双方からの胸が両腕に当たっており、その上、周りからの視線も相まって戸惑い、緊張した感じに歩いていた。
「ねえ、今度はどこに行く?」
「私はどこでもいいよ」
その二人の視線は、真ん中にいる春季へと向けられていたのだ。
「俺は、どこでもいいけど。それより、阿子はいつまで一緒にいるつもりなんだ?」
春季は伺うように、左隣にいる阿子へ問いかけた。
「私がいたら、まずい事でもあるの?」
阿子はこっそりと春季の耳元で言う。
「そ、そんな事はないけど」
「だったらいいじゃん」
左側からは、いつもと違う甘い声が聞こえてくる。
幼馴染らしくない雰囲気があり、春季はどぎまぎしていたのだ。
「もしかして、すぐに帰ると思った?」
阿子は続けて、春季の耳元でこっそりと呟く。
「え?」
「だから、空気を読んで二人きりにさせると思ったってこと?」
「……阿子は幼馴染として、今一緒にいるんだよな?」
「そうだよ?」
阿子は意味深な笑みを浮かべたのち、そんな事はわかっているからと、こっそりと告げてくる。
「それならいいんだけど」
「だからさ、もう少し一緒にいてもいいでしょ?」
「……余計な事をしないなら」
「そんなことしないよ。私たち、幼馴染的な関係でしょ?」
阿子は意味深な口調で囁いてきた。
「ねえ、二人は何を話しているのかな?」
右隣にいる麗が、二人のやり取りに疑問を持ったのか話しかけてくるのだ。
「んん、なんでもないよ? そうだよね、春季?」
「あ……ああ、うん……」
「ね、そうだよね、春季?」
「そうだね!」
春季は、阿子の方から漂う黒いオーラを瞬時に察し、ハッキリとした言葉で返答した。
阿子は春季の口から思った通りの返答が返って来た事で、ニコッとした笑みを反対側にいる麗へ見せていた。
「さっきの話に戻るけど、どこに行く?」
二人の様子を見終わった後、麗が再度問いかけてきた。
「ここからすぐ近くだと……どこでもいいならゲームセンターがあるけど」
春季は二人に挟まれたまま、この近くにあるお店を思い浮かべる。
「ゲームセンター! 私は行ってみたいけど阿子さんは?」
「私もそこでいいわ」
意外とすんなりと行き先が決まった。
三人は、現在地から三分くらいのところにあるゲームセンターへと移動する。
ゲームセンターの入り口が開いた瞬間から、店内のゲームの音楽が聞こえてきた。
夕方頃の時間帯だと、春季らと同じく学校帰りの人や会社帰りのサラリーマン風の人らを結構見かける。
店内にはクレーンゲームの他、プリクラやレースゲームの筐体も幅広く設置されてあるのだ。
「二人は何をする?」
「私は、普通にクレーンゲーム」
「私も」
麗に続いて阿子も同調するかのように、クレーンゲームをやりたいと言っていた。
実のところ、春季はクレーンゲームが得意な方ではない。
むしろ、苦手な方なのだ。
やるとなったら、やるしかないと春季は気合を入れるのだった。
「ねえ、これ取って」
「んー……全然取れない……」
阿子と一緒にいる春季は肩を落とす。
「というか、昔から下手だったわね」
「それ言わなくてもよくないか?」
麗の近くで、そういう発言はしてほしくなった。
麗の方は大丈夫かと、春季は彼女がいる方へ視線を向けるが、意外にもクレーンゲームが上手だった。
入店してからまだ一〇分しか経過していないが、すでに二つの景品を入手していたからである。
「……ここかな!」
麗は巧みな技術と長年培ってきたであろう直観力を駆使し、タイミングよくクレーンゲームのスティックを操作していた。
「やったぁ、また取れた!」
麗は三つ目の景品も軽々しく入手していたのだ。
「春季くんの方は?」
「いや、全然」
すでに五〇〇円ほど消費しているが、春季はまだ何一つも獲得出来ていなかったのだ。
麗が取った景品はクッキーの詰め合わせの他、ミニマスコットのぬいぐるみキーホルダーや寝そべりぬいぐるみだった。
「麗さんは、どれくらいで取れたの?」
「私は一〇〇〇円くらいかな? 確かそれくらいだったはず」
麗は使ったお金の量を思い出しながら言う。
「す、凄いね」
「私、昔からクレーンゲームが好きでやっていたの」
「そうなんだ」
「春季くんにも教えてあげる?」
「いいの? 俺、全然取れなく――んッ⁉」
春季と麗の間で交渉が成立する直前、阿子が春季の足を踏んでいたのだ。
「どうかしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
「そうなの? じゃあ、私、別のところでも取ってくるね」
そう言って麗は別のエリアへと向かって行くのだった。
「春季、また明日ね」
「う、うん、また明日」
ゲームセンターを後にしていた春季は、住宅街の十字路のところで阿子と別れた。
麗とは住む場所が違い、すでに街中で別れていたのだ。
今日は色々なことがあったと思いながら、春季は一人で道を歩く。
はあぁ……阿子、幼馴染の関係って言ってたんだけどなぁ……。
阿子はゲームセンターにいる時もそうだったのだが、幼馴染の間柄とは思えないほどに体の距離が近かった。
やっぱり、阿子って、俺のこと気にしてる感じなのか?
麗と付き合い始めてから、阿子の様子が変わった気がする。
実のところ、どうかはわからないが、そうである可能性が高い気がした。
「……」
春季は今後の事を考え、幼馴染の阿子とは距離を置いた方がいいのか、そんな事を考えるようになっていたのだ。
「ただいまー」
春季はいつも通りの声で自宅玄関を開け、家の中に入る。
「お帰り、今日は遅かったじゃん」
丁度、階段から降りて来た妹の
「色々あってね」
「もしかして、お兄さんって誰かと付き合ってる感じ?」
「え? 見てたの?」
「いや、見てないけど。何となく言っただけ。というか、その反応、誰かと付き合ってる感じってこと?」
妹からジト目で見られる。
「……そ、そうだよ」
日和から鎌を掛けられたらしい。
付き合っている事については内緒にしようと思っていたのだが、もはや隠せなくなった今では素直に話すしかないだろう。
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