第5話 私は幼馴染だから問題ないよね?
「まあ、話ってのは、さっきも言った通りだけど。春季って付き合い始めたんだよね?」
朝の校舎内。誰もいない廊下の端っこの方で、
「えっと、それはどこから仕入れた情報なの?」
春季は伺う姿勢を見せた。
「それは……昨日、学校の窓から春季と女の子が並んで帰る姿が見えたからよ」
「み、見てたの?」
「そうだけど」
噂を耳にしたのではなく、直接的に見られていたとは想定外だった。
そういった経緯であれば、誤魔化しようがないからだ。
「それで、どうなの? その子とは付き合ってるの?」
「い、一応」
「一応って?」
「え……と」
阿子は温厚な性格なのだが、今日に限ってはどこか違う。
積極的に言葉攻めしてくるのだ。
昔、誰かと付き合う事になったら、正式に付き合う前に相談するという約束を阿子と交わしていた。
その約束を最初に破ってしまったのは春季自身であり、言い訳しようのない状況である。
約束自体が一年以上も前で、さすがに春季も忘れていた。
麗から告白されたとしても、一日、いや、二日くらい待ってからの返答でも良かったのかもしれない。
がしかし、麗の容姿を見たら、さすがに返事を遅らせる事などもできず、春季以外の男子でもすぐに付き合ってしまうだろう。
それほどの魅力が麗にはあるのだ。
「俺の方が悪かったよ。昔、付き合う前に相談するっていう話を忘れてて」
「なんで忘れちゃうのかなぁ」
幼馴染の阿子はムッとした顔を見せていた。
すべての原因は自身にある。
それはわかっているのだ。
「まあ、しょうがないか」
阿子は肩から力を落とすようにため息をはいていた。
「でも、春季は、その子の事をどう思ってるの? 今後も付き合っていきたいと思ってる感じ?」
「俺はそのつもりで。彼女とは約束してて」
「色々と、その子とは話が進んでいる感じなのね」
阿子は、春季の事をジト目で見ていた。
「ごめん」
「別にいいんだけどさ……もう少し早めに知りたかったかなぁ。というか、その子とは、いつ頃から関わり始めたの?」
「それは、今年の文化祭あたりから」
「そう。じゃあ、十月に入ってからね」
「そう……だね」
「ふーん、そうなんだ」
幼馴染は一人で悩むように考え込んでいた。
「そういえば、今日って予定あるの?」
「一応、決まってるけど」
「今付き合っている子と帰るとか?」
「そんな感じだけど」
「そっか。色々と進展してるのね」
阿子は悩ましい顔を見せながら、悔しそうに唇を噛みしめていたのだ。
「じゃあ……さ、私も一緒に帰ってもいい?」
急に表情を変えた阿子から提案される。
「え? えっと……さっきの話を聞いていた?」
「聞いていたわ。私は幼馴染として一緒に帰るってこと。ただ、それだけの事よ」
「でもなぁ、麗さんに確認しないと難しいかも」
春季は麗の事を頭に浮かべながら首を傾げていた。
「麗さん? 春季が付き合ってるのって、西野麗さんのこと?」
「そうだけど。知らなかったの?」
「知らなかったわ。昨日は、春季が付き合っている女の子の後ろ姿しか見てなかったし。というか、春季って、麗さんの容姿に惹かれたって感じ?」
「そ、それはノーコメントで」
春季はキッパリと返答する。
「その対応の仕方を見る限り、そういうことね」
阿子は、春季の弱みを握ったかのような意味深な顔を浮かべていたのだ。
「……」
「図星ってこと?」
阿子は春季の姿をジーッと見つめている。
「春季もそんな感じなのね。他の男子と変わらないってことよ」
「いや、俺は別にそんな如何わしい目的で付き合ってるわけじゃ」
春季は全力で否定するものの、彼女からの疑いの眼差しからは逃れられなかったのだ。
「別に嫌らしい目的で付き合ってないのなら、私を幼馴染として、あの子に紹介すればいいわ。そうしたら、あちらだって、すんなりと受け入れてくれるから」
「そうかな?」
春季は首を傾げる。
「そうなの。私が春季の幼馴染ってわかったら、あちらだって警戒しなくなるでしょ?」
阿子はウインクして、大丈夫と後押ししていた。
「んー、どうだろうね?」
「まあ、いいから、そういう事で紹介してよね」
「あ……えっとなぁ……」
春季の活舌が悪くなる。
「いい? 紹介して、幼馴染としてね!」
「わ、わかった……でも、あとで麗に話しておくよ」
「お願いね」
阿子からは強引な形で頼み込まれ、しょうがないといった感じに、春季は流されるがままに頷くのだった。
そんな中、丁度いいタイミングで、一時限目が始まる予鈴が鳴り響く。
「私、もう行くね。また放課後ね。今の話は絶対だから、約束ね!」
阿子は絶対だからねという言葉を強調しながら話すと、その場で背を向けて、廊下を駆け足で移動し、さっさと立ち去って行くのだった。
はあぁ……面倒なことになったな。
春季は校舎の廊下の端っこの方で髪を触りながら、ため息をつく。
荷が重いというか、できれば、普通に麗とは付き合っていきたかったのだが、そうはいかないみたいだ。
元はといえば、幼馴染との約束を裏切ってしまった自分自身に原因がある。
そればかりはどうしようもなく、さっき言われた幼馴染と交わした約束は守ろうと思った。
麗には、阿子の事を幼馴染と紹介すれば、そこに恋愛感情はないと証明できるはずだ。
後は、麗がどう思うだが、今の春季はその事で不安でいっぱいだった。
春季は廊下を歩き出し、教室へと向かう。
教室に入ると、すでに他のクラスメイトは自身の席に座っており、一時限目の準備をし終え、仲間内で会話している。
友人らと話している麗に話しかける度胸もなく、周りの視線が気になって、春季は自身の席に座る。
春季が一時限目の準備をしている際、担当の教師が教室に入ってきて、先生はこれから始まる授業の準備を始めていたのだ。
一時限目の始まりを告げるチャイムが鳴り響くと、教室の黒板前に佇む先生の顔つきが変わり、壇上机に置かれた資料を広げる。
クラス委員長は空気を読んで挨拶すると、本日の授業が始まるのだった。
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