想い出のカクテル
斎百日
第1話 彼女の選択
「利香はどう、最近?」
「どうって、仕事のことなら忙しいよ」
「そうじゃなくて。いい人はいないの?」
沙耶は続けて、最近行った合コンの話や、そこで会った男の子の話を面白そうに話した。私は 適当に相づちをうちながら聞いていたけれど、沙耶がその合コンで出会ったという医者の彼氏に興 味がわいてきた。
沙耶がどんな人を選んだのか知りたくなったのだ。
「ねえ、どんな人なの?」
そう送ったら、すぐに返事がきた。
「ちょっと年上なんだけど、すごく優しい人」
「医者って、すごいね。お金持ち?」
「うん、そうみたい。でも、私そういうのあんまり気にしないから」
沙耶は昔からそうだった。自分の好きな人がどんな職業についているかなんて気にしたことがなかった。私は沙耶が医者と付き合っているという話を聞いても驚かないけれど、その彼氏がどんな人なのかは気になった。
「ねえ、写真とかないの?」
「あるけど……恥ずかしいよ」
「いいじゃん。見せてよ」
沙耶はしぶしぶといった感じで、携帯の画面を私に向けた。そこに写っていたのは、確かに医者という雰囲気のする人だった。
「この人が医者なんだ」
私はわざとらしいくらい感心したようにそう言ったけれど、沙耶は気にもとめずに続けた。
「うん、すごく優しい人だよ。それにね……」
沙耶はそれからその彼氏のことをいろいろ話した。年が離れていること、しかしそんなこと気にならなかったこと、そして
「すごく大切にしてくれて、毎日が楽しいの」
沙耶はそう締めくくった。
私はその画面を見ながら思った。
――この人なら、沙耶のことを幸せにできるのかもしれない。しかし、と。
私は沙耶に幸せになってもらいたいと思う。しかしそれは私が沙耶を好きだからではない。ただ、友達だからそう思うのだ。もし沙耶が私と同じように幸せになりたいと願っていたら……きっと私は全力でそれを叶えようとするだろう。しかしそれは、沙耶を好きだということとはまた違う感情だと思う。
だから、沙耶が好きになった相手は、私ではなくていいのだ。しかし沙耶には幸せになって欲しいから、私はやはり沙耶を好きになる人を探してしまう。
「よかったね」
私は素直にそう言った。そして次の瞬間、その彼氏がどんな人か猛烈に知りたくなった。
しかしそれを聞くのはやめた。私がどう思っても、沙耶にとってはどうでもいいことなのだ。しかし、私はどうしても知りたくなった。その人がどんな人間で、どんな生活をしているのか。
「ねえ、今度その彼氏さん紹介してよ」
「え?」
「だって私、沙耶の好きな人って会ったことないんだもん」
私はそう言って、沙耶の彼氏がどんな人か気になる反面、会ってしまったらそこで沙耶との関係が全て終わってしまう気がした。
しかしそれは寂しいことではなかったし、悲しいことではなかった。
ただ……寂しかっただけだ。
***
それからしばらくして、沙耶から電話があった。
「もしもし?」と私が言うと、沙耶は「うん」と言った。
「どうしたの?」と聞くと、沙耶は言った。
「あのね、私……結婚しようと思う」
私は頭が真っ白になり、呼吸が速く体温が上がっていくのが自分でもわかる。
「え? 誰と?」
「だから……あの彼」
私は何も言えずに黙っていた。しかしすぐに言った。
「おめでとう」
その後は何を話したのか、全く思い出せない。
そして電話を切った後、私は一人になった。私の初恋は、あっけなく終わった。
初恋というのもおこがましいのかもしれない。
私のそれは、本当の恋ではなかったのかもしれない。
私はただ、沙耶のことを知りたかっただけなのだと思う。そして、叶いもしないこの気持ちを優越感で塗りつぶすことしか出来なかった。
沙耶は結婚を決めたらしいけれど、私はまだ誰のことも好きになれなかった。
しかしそれもいつかは終わるだろうと思う。それがいつなのかは分からないけれど……。
とりあえず今は、沙耶の幸せを祈っている。いつか沙耶に子供ができたら、私はその子供に会いたいと思うだろう。そしてその時、初めて沙耶の好きな人がどんな人なのかを知るのだ。
そのとき私がどう思うのかは……分からないけれど。しかし、それが沙耶の幸せにつながるのなら、私はそれでいい。
「おめでとう」
そう呟いた声は、一人きりの部屋の中に静かに消えていった。
想い出のカクテル 斎百日 @ImoiMomoka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます