第9話 『夜の賢者』
ある夜、焚き火のそばで魔物たちと談笑していると、どこか遠くから羽ばたき音が聞こえてきた。
私たちの方へ近づく気配に気づき、ふと振り向くと、焚き火の明かりの中に白く大きな影が浮かび上がる。
羽根を広げて舞い降りたのは、鋭い目をしたフクロウの魔物だった。
そのフクロウは私の腰ほどの大きさで、白く柔らかそうな羽に覆われているが、よく見るとその体には傷があり、いくつかの羽が血に染まっている。
「……もしかして、怪我してる?」
心配そうに声をかけると、フクロウは無言でこちらをじっと見つめている。
目が合うと、どこか知的で冷静な印象を受けたが、彼は私の問いかけには応えない。
ただ、少しだけ首をかしげるような仕草をした。
「もしかして、あなたも私の癒しが必要なのかな……?」
私はそっと手を差し出し、癒しの力を彼に試してみることにした。
今まで癒してきた魔物たちと同じように、もしかすると彼も話し始めるかもしれない。
手のひらに癒しの光を集め、彼の傷ついた羽にそっと触れると、暖かな光が彼の体を包み込み、少しずつその傷が癒えていく。
やがて、フクロウの魔物はゆっくりとまぶたを閉じて癒しの力を受け入れ、傷が癒えると穏やかに口を開いた。
「ありがとう、聖女さま。あなたの力に感謝します」
その低く落ち着いた声には、静かな威厳があり、私の方が思わず少し背筋を伸ばしたくなるような印象を受けた。
「えっと……君は、誰なの?」
私が尋ねると、彼は「リュカ」と名乗り、この森で夜の生き物たちを見守る役目を持っていると教えてくれた。
彼は他の魔物から「賢者」とも呼ばれている存在らしく、それに対して誇りを持っているようにも見える。
その晩、リュカは焚き火のそばに座り、夜の森について語り始めてくれた。
彼によると、夜の森はただ暗く静かというだけではなく、月明かりとともに生き物が動き、植物もまた独自のリズムで息づいているという。
たとえば夜にだけ花を開く植物や、月光に照らされることで甘い香りを放つ草など、昼には気づけない生命の営みがあるそうだ。
「夜はただ静かというわけでもないのです。微かな風の流れや月明かりに、生命が照らされる。その瞬間を知ると、この森はとても魅力的な場所となるのです」
リュカの語る言葉には、夜の森に対する深い理解と愛情が感じられた。
そのおかげで、今まで漠然と「怖い」と思っていた夜の森が、なんだか違うものに見えてくる。
彼の話を聞きながら、私は夜の森もまた、独特の魅力を持っているのだと気づき始めていた。
「なるほど……夜の森って、そんなにも奥深いんだね」
私が感心していると、リュカは少し誇らしげにうなずいた。
「そうなのです。昼の森と夜の森は、それぞれ異なる表情を持っています。夜の森にいる私たちは、月明かりと静寂の中で、命が確かに生きていることを感じ取るのです」
それからリュカは、夜の森での歩き方や安全なルート、月明かりを頼りに方角を見つける方法なども教えてくれた。
リュカの話を聞くにつれて、私は夜の森を探索することへの不安が薄れていき、少しずつ夜の森も楽しく感じられるようになっていった。
******
数日後、私はリュカの助言を思い出しながら、夜の森を少し歩いてみた。
すると、月明かりが木々の間から降り注ぎ、葉がほんのりと輝いているのが見えた。まるでリュカの言う「夜の森の命」が静かに息づいているようで、その光景にしばらく見入ってしまった。
「リュカが教えてくれたおかげで、夜の森ってこんなに素敵なんだね」
リュカにその感想を伝えると、彼は静かに微笑みながら、
「あなたも夜の森を楽しんでくれているようで何よりです」
と応えてくれた。
彼と夜の森について話し合う時間が、私にとって楽しみのひとつになっていた。
さらにリュカは、夜に採取できる特別な薬草についても教えてくれた。
月夜の晩にしか開かない花や、夜に香りが強まる草もあるらしい。
これまで知らなかった森の秘密を教わりながら、私は新しい薬草の採取を楽しむことができるようになり、森での生活がますます豊かになっていった。
これにはゴーレムのガルムも興味津々のようだった。
「リュカ、本当にありがとう。夜の森がこんなにも素晴らしいものだと知れたのは、あなたのおかげだよ」
感謝の気持ちを伝えると、リュカは深くうなずき、
「私もまた、あなたに助けられてこの森を守り続けることができる。ありがとう、聖女さま」
と静かに礼を述べた。
それからもリュカは、夜の賢者として森を守り続け、私は彼の教えを通じて夜の森を楽しめるようになった。リュカが見守ってくれることで、昼も夜も森の生活が充実し、私はこの森がますます好きになっていくのを感じた。
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