辺境の守護天使 領主の娘は幼馴染の平民に恋しているようです

@shin3301

第1話 領主の娘

帝国歴324年の春。

澄み渡る青空の下、

春の活気に満ちた辺境の街リバンでは訓練施設の入寮式が行われようとしていた。


リバン中心部にあるこの訓練施設は、14歳を迎えた少年少女たちが将来、防衛部隊の部隊員やリバンの運営に関わる要職に就くため厳しい訓練を行う場所である。

ここで2年間の訓練を無事にこなし、卒業した者だけがリバンの将来を担う若き人材として巣立っていくのだ。


「おい、見ろよ、リーナ様じゃないか?やっぱりオーラが違うな」

「隣にいるのはエレナ様か。二人とも噂以上の美少女だ」


朝の訓練場の片隅で剣術の訓練をしていた訓練生たちの視線は、一斉に校門から現れた二人の少女に向けられました。


校門から現れた二人の少女。


栗色の長い髪が風に揺れ、彼女の強い意志を示す青い目が訓練施設を見据えていた。

緑を基調とした訓練生の制服も、彼女が着るとまるで貴族のドレスのように見える。

その堂々とした姿に、先輩訓練生たちは息を呑んだ。


小柄ながら気品を感じさせる佇まいはまさに貴族。

彼女はリバン領主レオン伯爵の一人娘。

リーナ・セレスタ・リバンその人だ。


そして、その隣に控えるのは赤い髪をポニーテールに束ね鋭い目つきで先輩訓練生を見据える少女。

彼女もまた緑を基調とした訓練生制服を着ているが、若干規定よりスカートの丈が短いように見える。

彼女もまた貴族の娘で、リバン領主レオンに仕えるシルバーレイク家の次女。

エレナ・シルバーレイクだ。


訓練生はもちろん、教官を含めても、彼女たちより身分の高い者はリバン領主兼施設長、リーナの父、レオン伯爵だけだ。


そんな彼女たちが、この訓練施設に入寮してくる。

先輩訓練生たちは、彼女たちと同時期に在籍できる幸運に期待と興奮を抑えきれなかった。


「これからの訓練が楽しみだな。リーナ様とエレナ様がどんな風に成長するのか、見ものだ」

「うん、あの二人と一緒に訓練できるなんて、すごい経験になるだろうな」


校門に入ったばかりなのに注目される二人。

木陰の向こうでは上級生らしき男子訓練生がこちらを見て何やら騒いでいる。


「リーナ様、注目を浴びていますね」

エレナは周囲のざわめきを気にしながら、隣を歩くリーナに小声で囁いた。


「…特に注目されるような事してないと思うんだけど」リーナは顎に手をやり、考える素振りをした。


注目されるのは領主の娘だから仕方ないと分かっているが、いつでもどこでもこの調子では疲れてしまう。

それでも、彼女は領主の娘として恥ずかしくない振る舞いをしなければならないと常に意識していた。


リーナは気に留める様子もなく、堂々とした足取りで進んだ。エレナもその隣を歩きながら、時折周囲の訓練生たちに視線を向けていた。


「リーナ様が入寮するって話は聞いてたけど、実際に見るとやっぱり違うな」

「エレナ様もすごい。あの鋭い目つき、ただ者じゃない感じがする」


「誰が目つき悪いって!?」

先輩訓練生の声がエレナの耳に届いたようで、

彼女は思わず小さな声でツッコミを入れた。


リーナはエレナの小さなツッコミには特に反応せず、

まっすぐに施設の庁舎へと向かって歩き続けた。

リーナの青い目は真っ直ぐ前を見据え、

周囲の囁き声に気に留める様子はなかった。

エレナは軽く肩をすくめて、その後を小走りで追いかけた。


「ところでリーナ様、代表の挨拶は考えてありますか?」


エレナは軽やかなステップでリーナの前に回り込んだ。赤いポニーテールが彼女の動きに合わせてふわりと揺れ、興奮した様子が伝わってくる。両手を胸の前で組み、少し前のめりになってリーナに尋ねた。


リーナは穏やかに微笑み、顎に手をやってエレナを見つめた。


「もちろんよ。大事な挨拶だもの、しっかり準備してあるわ。」


その自信に満ちた声でエレナの不安を和らげるように軽く頷いた。


「あら?」エレナが驚いたような声を出し、リーナの後ろを伺った。

リーナはそんなエレナの視線を追って振り返る。そこに見慣れた少年の姿を見つけたリーナは、安心と喜びが混じった微笑みを浮かべた。


「カイル。おはよう」

「や、やあ。二人ともおはよう」

カイルと呼ばれた少年は緊張した様子でぎこちない笑みを浮かべ、手を振った。


黒髪に茶色の目をした少年は、リーナたちと同様に緑を基調とした制服に身を包んでいるが、どこか頼りなげな佇まいを見せている。

背の丈はエレナと同じくらいで、リーナより少し高いだろうか。


「カイル!いるなら声ぐらいかけなさいよ!」

エレナは眉をひそめ、怒ったようにカイルに詰め寄る。

彼女の声には苛立ちが交じっているようだった。


「いや…二人とも注目されてるから声かけ辛くて」エレナの勢いに押され気味のカイルは答える。


「エレナ〜、やめなさい」

リーナは腰に手を添え軽く溜息をつきながら呆れたように声をかけた。


エレナは一瞬カイルから目を離し、リーナに向かって肩をすくめた。赤いポニーテールが揺れる。

「だって、こいつリーナ様に声もかけないなんてあり得ないでしょ!」


カイルは少し縮こまるようにして、ホッとしたように肩の力を抜き、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「ご、ごめんそんなつもりじゃなくて…」


木陰では先ほどの先輩訓練生たちが驚きの表情を見せていた。

一人が眉をひそめ呟く、「なんだアイツ。リーナ様とエレナ様にあんな親しそうに…」

周りの訓練生たちも同じように驚いた表情を浮かべ、カイルに対する視線が鋭くなった。


(注目されるのが嫌だったから声をかけなかったんだよな…)


カイルはリーナとエレナと親しそうにしている自分に向けられる先輩訓練生たちの鋭い視線を感じ、心の中でため息をついた。


「さ、二人とも!早く行くわよ。初日から遅刻したら恥ずかしいでしょう?」リーナは促すように声をかけ、軽く手を振った。


エレナはすぐにリーナの後を追いかけ、カイルも少し遅れて彼女たちに続いた。


「ほら!早く!」リーナはカイルの手を掴み駆け出していく。カイルは驚きつつも、その温かい手の感触に少し安心しながら、引っ張られるようにして走るのだった。


訓練施設のホールは厳粛な雰囲気に包まれていた。

中央には大きな石造りの演壇が設置されており、

その背後には歴代の卒業生たちの名が刻まれた銅板が飾られている。

天井が高く、光が差し込む大きな窓からは柔らかな陽光が射し込み、広々とした空間を明るく照らしていた。


リーナはホールを見回し、集まりつつある新訓練生たちの輪に入っていった。

ホールの中央に立つ二十数人の新訓練生たちは、

緊張と期待の入り混じった表情で周囲を見渡している。リーナはその中に入り、エレナとカイルもすぐに後に続いた。


リーナが輪の中に入ると、周囲の訓練生たちは少しざわめいた。彼女の存在感が一際目立ち、その気品あふれる姿に目を奪われる者も多かった。

エレナもまた、その鋭い目つきで他の訓練生たちを見回す。

そしてカイルは少し緊張した表情を浮かべ、輪の外で歩みを止めた。


リーナが立ち止まったカイルを振り返り手招きをすると周りの新訓練生たちの視線がカイルに集まった。

エレナは腕組みをしながら、カイルの様子を眺めている。


思いがけず注目を浴びることになったカイルは、意を決して輪の中へと歩を進めた。

彼は緊張しながらもリーナの側までたどり着く。

リーナがカイルに優しく微笑むと、カイルの心は少し和らいだ。


ホールの全面に設置された演壇の上には、帝国旗とリバン領の旗が飾られ、その前には教官たちが整然と並んでいる。

荘厳な雰囲気の中、教官たちの厳格な姿勢が新訓練生たちの緊張感を一層高めていた。


立ち並ぶ教官の中でも一際巨体が目につく人物が一人いた。

「あの教官…防衛部隊のオルン隊長だよな?」

「オルン・フェレウス隊長…鉄の盾の二つ名を持つ…なんてデカさだよ…」

「隣の教官がちっさく見えるぜ…」

確かに、オルン教官の巨体と比べると隣の男性は小さく見えた。


その小さく見えた教官がおもむろに演壇へと歩み寄る。

教官とおぼしき人物は低く響き渡る声で話し始めた。

「新入生の皆さん、ようこそリバン訓練施設へ。私はこの施設の施設長であり、リバン領主のレオンです。」


その人物を「ちっさく見える」と呟いた訓練生は、困惑の表情を浮かべていた。


施設長兼、領主レオンは堂々とした姿勢で演壇に立ち、その鋭い目で新訓練生たちを見渡していた。

彼の髪は銀色に輝き、年季の入った顔立ちには深い皺が刻まれている。

その低く響く声と威厳ある態度は、リバン領主としての風格を感じさせるものだった。


「ここに集まった皆さんは、リバンの未来を担う重要な存在です。

これからの2年間、数々の試練を乗り越え、自らを鍛え、真の力を身につけてください。

その成長こそが、リバンの繁栄と安定に繋がるのです。」


新訓練生たちは真剣な表情で施設長兼、領主レオンの言葉に耳を傾けている。

リーナは、隣に立つエレナと目を合わせ、

互いに頷きあった。

カイルもまた、リーナの隣で決意を固めていた。


レオンの挨拶が終わると、副施設長が前に出て、新訓練生たちに向けて訓練の概要を説明し始めた。

「ここでは、戦術、戦略、歴史などの学問を学び、

同時に実践的な戦闘訓練を行います。

それぞれの特性に応じた訓練が用意されていますので、自分の能力を最大限に引き出す努力をしてください。」


リーナはホールの広々とした空間を見渡し、ここで始まる新たな生活を思い描いた。

彼女の心には、自分を鍛え、成長させる強い決意が宿っていた。


演壇の上に飾られたリバンの領旗を見つめながら、

リーナは心の中で誓った。

わたしは強くなる。

その決意を胸に彼女の瞳は一層輝きを増した。


父レオンの挨拶の言葉が彼女の心に響いていた。

「自らを鍛えよ」常日頃から父に言われてきた言葉だ。父の期待と責任を胸に刻み、リーナの決意はさらに強固なものとなった。


「新訓練生入寮の挨拶。新訓練生代表、

リーナ・セレスタ・リバン。前へ」教官の声が響いた。


リーナは深呼吸をし、静かに一歩前に進んだ。

彼女の動きにホールの中の視線が集まる。

リーナは胸を張り、堂々とした態度で教官の前に立った。


彼女の視線は自然と教官たちの列に並ぶ父レオンに向けられた。レオンは静かに頷き、リーナに向けて穏やかな眼差しを送った。


リーナは演壇に立ち、深呼吸をしてから新訓練生たちと教官たちに向かって堂々と話し始めた。

教官たちは彼女の一挙一動を注視し、

その眼差しには期待と評価の色が見て取れた。


「今日から、私たち新訓練生はリバン訓練施設で新たな挑戦を始めます。

ここでの訓練は決して容易なものではなく、多くの困難が待ち受けていることでしょう。

しかし、私たちはこの厳しい環境を乗り越え、自分自身を鍛え、成長させるためにここに集まりました。」


エレナは真剣な表情でリーナを見つめ、

カイルもまた緊張した面持ちでリーナの背筋を伸ばした姿に見入っていた。


「リバンは、帝国の中でも特に誇り高く、

強い意志を持つ街です。

この地を守り、発展させるためには私たち一人ひとりが力を合わせ協力し合うことが必要です。

私たちはここで、知識と技術を学び、友情と絆を深めることを目指しています。」


他の訓練生たちの間に静かな緊張感と共感が広がる。

教官たちも満足そうに見守っていた。


「ここにいる全員がリバンの誇りとなるべく、

全力で訓練に励むことを誓います。」


リーナの言葉がホール全体に響き渡り、訓練生たちはその意志を共有するように胸を張った。

エレナは微笑みながらリーナを見守り、カイルも誇らしげに彼女を見つめていた。


「新訓練生代表、リーナ・セレスタ・リバン。」


リーナが一礼し、演壇を降りると、エレナとカイルが温かい笑顔で迎える。


新訓練生たちは新しい環境に胸を膨らませながら、これから始まる厳しい訓練の日々に思いを馳せていた。

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