ディストピアの管理者たち
カンザキリコ
「予定調和」
―O議会歴 275年 東亜N区域
「ですから、この証明番号では入町許可証は発行できないのです。今回の対応はオースタニア議会出入町監視法に基づき……」
「またじゃないですか!? いつになったら、許可が下りるんです?」
あー、今回もだ。
クソッ、何度言ったのかすら思い出せないほど重ねた言葉をまた言う。
「ガードマン!こちらの方を評議室に連行してください」
黒を基調としたスーツ、光の反射を極度にまで抑えたサングラス、オースタニア議会が毎年、計画生産をする厚底のブーツを履いた2人が私が担当する窓口に来た男の腕を持ち、立ち上がらせる。
「な、何をするんだ!?」
男はガードマンの体格に怯えたのか、腕をガッシリ掴まれたまま硬直している。
「では、評議室へ」
私が言うとガードマンたちは硬直した男を引きずりながら、評議室に向かっていった。
彼の運命がどうなるのか。
私はそれをよく知っている。
手際よく窓口に散らばる入町申請書類をまとめ、「こちらの窓口は閉めております」の札を立てる。
忘れ物がないか確認し、私も評議室に向かう。左手に書類を持ち、ウンザリするほど何度も歩いてきた廊下を歩く。
先ほど、引きずられていた男は、机を挟んで置かれた椅子に座らされ、両脇にガードマンが立ち、この部屋から出られないように見張られていた。
「ありがとうございます。後は私だけで出来ます。評議応対資格は持参しています」
ガードマンたちに見えるように首から下げていた評議応対資格を右手で胸もとから顎下まで持ち上げる。
ガードマンたちは資格を目視すると、部屋をあとにした。
「さて…、イヴァン・ジャブロンカさん……でしたっけ?」
「ええ、そ、そうです」
男は明らかに先ほどとは態度が異なっていた。
おそらく入町申請は何回か来たのだろうが、評議室に連れられてきて、自身の運命がどうなるのか心配になり、大人しくなっていた。
「オースタニア議会では町から町へ移動する人を管理し、適切な車の交通量、適切な電車のダイヤグラム作成のために統計を取り、データ化し、オースタニア議会で決定される活動調整に役立てるために関連諸法がO議会歴124年に成立しております。」
オースタニア議会。それは人類が望んだ世界最高の政府。
「西暦」という宗教色の強い暦が使われていた時代に勃発した第三次世界大戦は人類に対処できない結果をもたらした。
それは「西暦2000年代」に叫ばれていた「核による地球の放射能汚染」や「人類の絶滅」といった結果ではなかった。
「経済活動の停止」
当初、経済専門家や投資家たちは「軍産複合体」だとか、「軍需景気」だとかが歴史上、繰り返されてきたように今回も活発な経済活動が起こると思っていた。
しかし、実際には本当に「世界」で戦争をしたため、経済活動そのものが停止する自体に陥った。
その影響はすぐに各国の市民生活にあらわれた。食料が大量に作られるものの、運ぶためのトラックは徴発、運べたとしても空襲により焦土と化した国土では売買できず、紙幣は各国が発行した軍票によりインフレし、暴落。そもそも紙幣そのものが刷られず、経済活動そのものが文字通り、「停止した」。
人類は戦後、資本主義以外の経済体制を体験も思索もしておらず、途方に暮れていた。
そこで出来たのがオースタニア議会。
経済活動の推進を目的とし、資本主義の徹底化により経済活動を維持、促進するための法整備、施策を行う世界最高政府。それがオースタニア議会。
だったのだが……。
「ジャブロンカさん、まず貴方の出生番号をこちらの申請書類に記入してください。その後、こちらでジャブロンカさんの個人アーカイブと照合し、入町申請書類を発行致します。」
「ええ?なぜ、私の出生番号が必要なんです?」
「各区域ごとに設けられた出生番号には区域内の市区町村の健康保険制度及び労働生産記録が紐づけられています。そちらを参照することで、ジャブロンカさんがどれだけケガや病に陥るかを計算し、どれだけ働けるのかを計算します。これにより、ジャブロンカさんがフクキ町へ移動した際に、オースタニア議会生産計画に定められた生産量よりも余分に発生する経済活動をフクキ町に住む又はフクキ町から移住する市民と調整することで、市民の移動による各市区町村の労働力の偏りを均すことができます。」
ジャブロンカはポカンとした顔をしている。
当然だ。私もここにオースタニア議会の生産調整で配属されたばかりの頃は、この長セリフを頭に叩き込むことを求められた。
オースタニア議会が行ったことは至って単純だった。
「全てを数値化する」ことであった。
どれだけの人がどれだけの物品を必要とし、どれだけの余剰生産が発生し、どれだけを非常時の貯蓄に回すのか。市民1人あたりの食事、起床時間から糞便の回数までありとあらゆることをデータとして収集し、オースタニア議会の評議会で活動調整と言われる会議で年ごとの生産計画を作成し、各区域ごとにその生産計画のように生産することを求めた。
かつてソヴィエト連邦という国が似たことをしていた、と聞くがどう考えても狂ってる。
しかし、市民は反発しなかった。生産計画の中で働けば、自由な余暇が与えられたし、言論の自由もあった。何よりも市民は「何も考えずに」、「他人が作ってくれたレール」を歩いていくことが非常にラクであることを体感した。
そして、それに市民は「無言で」賛同したのだった。
こうしてかつて「ディストピア」と呼ばれたような社会が「ごく普通に」営まれることとなった。
「ジャブロンカさん、大丈夫です。拷問も尋問もするつもりではありません。私の言うことに1つずつ、ゆっくりと従ってください」
「は、はあ。分かりました」
ジャブロンカはせっせと出生番号を出生番号照合申請書類に記入している。
出生番号はアルファベットと素数鍵と呼ばれる区域ごとに設けられた素数と各自の出生日時、出生場所などの素数をかけ合わせた番号で構成される。
なので非常に長い出生番号が誕生することもある。
ジャブロンカはその番号だったらしく、今年の生産計画で配給された腕時計型情報端末に計算を行わさせている。
「書けました」
返された出生番号をみる。
「N1096375199328173」
思わず、深いため息をついた。
非常に面倒くさい。というのも、出生番号は基本的に本人のみが知ることを許される番号であり、赤の他人には何の素数が掛け合わされているかが分からないようになっているからだ。
ここからはこちらの仕事になる、この番号になる素数の組み合わせを年季の入った素数計算機に回答させる。
ヒントはこの数は素数で構成されるということ。
ニャァァァァァァァン。
かつてアフリカとよばれる地域にいたチーターの鳴き声に似た音だと語り継がれてきた、計算機がフル稼働している音。
―15分後―
―「ケイサンカンリョウ」
―「カイトウセイセイチュウ」
わら半紙に印字される素数を見る。
1009, 1013, 1019, 1021, 1031
次にこれらの数字が本当に素数かどうかを『みんなの素数表―O評議会選』で確認する。この本はオースタニア議会が作成した毎年発行される素数の本で、オースタニア素数研究機関において発見されるたびに版が改められる。
この本の良いところは1ページに50個の素数を載せている点で純粋に見やすい。1000番代の素数のページを見つけ、早速確認する。うん、全部素数だ。確かめる必要は…無いな。
「ジャブロンカさん、出生番号の照合をして参りますので、少々お待ちください」
出生番号照合申請書を手に持ち、評議室を出る。ドアを開けると左右に先程のガードマンがいた。念の為に評議室使用中にはガードマンは部屋の外で常に待機している。
「照合作業をしてくるので、その間、よろしくおねがいします」
軽く会釈をし、ウンザリする廊下を歩き、自分のデスクに戻る。
出生番号は他人には解かれても、わけの分からない素数だが、実は各年ごとに素数の掛け合わせ方はオースタニア素数研究機関によって、決められている。勿論、その決められ方は極秘であるが、内部機関ネットに照合することで個人アーカイブにアクセス出来る。
イヴァン・ジャブロンカ。年齢25歳。鉄鋼加工所で労務につくも精神疾患により、昨年、第2種労働者階級に繰り下げられている。ハソン町からフクキ町へ移住するとのことだが、おそらくはフクキ町の生産計画で設けられている個人労働生産量が少ないため、精神疾患の療養をしながら軽度の仕事をするつもりなのだろう。
必要な情報を確認し、入町申請書類に必要な情報を事前にこちらで記入する。
申請書類に不足がないことを確認し、評議室に戻ろうとウンザリする廊下に入ったときだった、ふたりのガードマンが床に倒れている。
「どうしました。何があったんです!?」
「申請者がお手洗いに行きたいと部屋から顔を出したので案内しようとしたところ、目を離した隙に拘束用スタンガンを奪われまして……」
これが私がこの廊下にウンザリする理由。
そして、その脱走劇を起こしたのも、この廊下。
ジャブロンカが実は「不正入町者予備軍」であることはオースタニア議会、最高議長であるビッグ・マムにより「予定」されていた。
そして、私は担当の受け付け窓口で私にだけ見えるモニターに「廊下への案内をすること」という指令が出ていたことを知っていた。
だから、「ウンザリする廊下」に案内した。
防犯訓練とかではない。
全ては「数値化されている」ことから導き出されることだ。
今年の生産計画で配給された腕時計型情報端末は個人使用を主としているが同時に、使用者の心拍数や血液酸素濃度、ホルモンバランスを常時計測している。
それらデータからジャブロンカは「不能労働者階級」と判断された。
オースタニア議会最高議長ビッグ・マムは「不能労働者階級」を更正院に送り、「調整用労働者階級」として「調整」する政策を十数年前に発表した。
だが、圧制を望まない慈愛に満ちたビッグ・マムは強制的には出来ない。
なので、「必要な言い訳」を用意し、送致するという手段を各区域官庁が取ることとなり、「ウンザリする廊下の寸劇」が行われた。
ここに偶然はない。
イヴァン・ジャブロンカが精神疾患を持っており、極限状態において突発的な行動を取ること、このウンザリする廊下の奥は袋小路であること、すべてがビッグ・マムの生産計画通りである。
偉大なる数値化。
偉大なる生産計画。
それにしても、いちいちこういった「言い訳」が必要なあたり、「ディストピア」もまだまだなのだと思う。
「分かりました。では、お二人は回復次第、区域官庁長官に報告をおねがいします。評議応対資格はありますので、任せてください」
防犯カメラには犯行の瞬間が映っているだろう。
ガードマンたちは何事も無かったかのように立ち上がり、守衛室へ報告しに行った。
さて、後は「応対」するだけだ。
ウンザリする廊下を歩きながら、ウンザリしない素晴らしい言葉を想像していた。
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