痛切

岸亜里沙

痛切

秋霖しゅうりんが町を濡らす頃、老人ホームに入居していた父が亡くなったと報せがあった。


父が老人ホームに入ったのは、ちょうど一年前の秋先だった。

脳梗塞と認知症を患った父を、自宅で介護するのも限界だった為、弟夫婦とも相談し特別養護老人ホームにお世話になる事に決めたのだ。


自分の実の父親の介護を、他人に任せる事は痛切に感じたが、致し方なかったと思う。


父が老人ホームに入ってから、私は毎日のように会いに行った。認知症が進み、私の事を忘れない内にと。


だがいつの間にか父に会いに行くのが、毎日から三日に一回になり、一週間に一回になり、一ヶ月に一回と徐々に減っていった。


父の事が嫌いで、会いたくなかったわけではない。

仕事の都合で、会えなかったわけでもない。

ただ会いに行かなかっただけだ。

それがどうしてかは分からない。きっと、父は老人ホームに入居しているし、いつでもまたすぐ会えるという考えがどこかにあったのだろう。


病院に搬送された父は、既に意識が無く静かに息を引き取っていた。

父はもう目を開ける事もなく、もう笑う事もなく、もう話す事もない。


もっと会いにいけば良かった。

もっと一緒に話したかった。

色々な思い出が込み上げてきて、私の頬に涙が零れていた。


もし貴方の両親が生きているのなら、たくさん感謝の言葉を伝えてあげてください。

私みたいな後悔を、どうかしないでください。


当たり前の日常は、当たり前ではないのです。

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痛切 岸亜里沙 @kishiarisa

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