URA

Akimon

戦いらしきもの

古代の西暦682年12月 阿止里あとりは、吉備の国にある鬼ノ城の崖の上にいた。

崖の中腹では、男たちが順に矢を射ると同時に、奇声を発して谷を駆け下りて行く。

打たれた矢は、大きな岩に当たってむなしく下に落ちる。

敵側も矢を射るが、同じく岩に当たるだけ。


阿止里の前に男が二人、この行いを眺めていた。

右側の、初老で強面の男がこの戦いらしきものを眺めていた。

その男が、笑いながら呟いた。

「予想していたとは言え、締まらないな」

その呟きに、その初老の男に並んで眺めている男が答えた。

猪手いのてよ。文句を言わないでくれ」

刀良とら殿。分かっています。分かってはいますが、どうにも……死者がでないのが良い事なのですが……」

「若者が暴走しないか心配だったが、お前が若者を抑えてくれているので何とかなっているようだ」

話しているのは、この集団である下家のおさの刀良と、この戦いを指揮する初老の猪手。

阿止里は言ってみれば、連絡役だろうか。


その阿止里が、長の刀良の心配に対して、答える。

「若者たちは、どれだけ大きな声が出せるか、それなりに楽しんでいるみたいですよ。」


今度は、猪手が不安を口にする。

「こんなもので、本当に伊佐勢理いさせりを騙せるのでしょうか?」

これも刀良に代わって、阿止里が答える。

多智麻呂たちまろが、伊佐勢理の軍勢を道に迷わせて、声は聞こえるが姿は見えない場所に誘導しています。しかし、温羅うら殿も、こんなこと、よくも考えましたね」

この阿止里の問いに、今度は刀良が答えた。

「正直、この話を聞いた時、俺も最初 理解できなかった」

「温羅殿は、どこからこんな案をひねり出したのですか?」

「なんでも、西にある大きな国の孫武とかいう偉い人が書いた書物にこの考え方が載っているらしい」

猪手が、口を挟んだ。

「私たちも降りて参加しましょう。私達がここにいることが伊佐勢理に見つかると、温羅殿と戦っていないことが判ってしまいます」


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