第7話 君は悪い子
少年は目を覚ます。2人部屋に1人きり。透視の少年がいないこの部屋に、不快な広さを感じる。着替えを済まして、朝ごはんを食べに食堂へ向かう。
今日もいつも通り授業が始まる。少年のポケットには、昨日渡された星石が入っている。星石は訓練で使用する時も、最後に必ず回収される。持ち出し禁止の代物だ。
1番後ろの席に座る少年には、教室の子どもの姿がよく見える。その中から、ギフトを発現していない子を観察する。
授業が終わる。この後は、ギフトの授業が始まる。ギフトを発現している子たちは、教室を後にする。ギフトを発現していない子には、自由時間が訪れる。宿舎に戻ってひと休みする子もいれば、勉強をする真面目な子もいる。
少年は机に突っ伏して、眠っている子に目をつける。獲物は決まったようだ。
「ねえねえ!今ひま?」
「まあまあ」
少年に起こされた子どもは、眠そうな目を擦りながら答える。
「この前さ、壁に穴空いてるの見つけたんだけど、見に行かない?その穴から、見たこともない景色が見れるんだけど」
「え?行く!」
少年に話しかけられた獲物は、勢いよく椅子から立ち上がる。
「どこの壁!?」
「んー、あっちの壁」
2人は壁を目指して、運動場を歩く。期待を膨らませる獲物の目を、少年は直視出来なかった。
少年は通じ合うことのない、完全に一方通行の殺意に苦しめられる。相手の視線も声も表情も、その全てが自分を心から許しているように見えてしまう。
「どこー?穴なんてある?」
「もうちょっと横!小さい穴なんだ」
少年の心臓は、縮んだり膨らんだりを高速で繰り返す。心臓の高鳴りを抑えるように、ポケットの中の星石を強く握り締める。深呼吸を繰り返して、ポケットから星石を取り出す。
全部くだらない。どうでもいい。少年はそう思うことにした。
少年はポケットから星石を取り出し、利き手で握って刃物を彷彿とさせる。星石は、命を奪える凶器に変貌する。背中を向けて、油断している獲物の心臓目掛けて、凶器を突き刺す。
肉を貫く感覚に吐き気を覚えて、凶器から逃げるように手を離す。胸を貫かれた獲物は、フラフラと動き出す。
少年は獲物の後頭部を掴んで、近くの池に沈める。獲物はジタバタと暴れ、泡沫を作り続ける。暴れる度に、池に汚れが溜まる。
体力を無くしたのか、獲物は先程までの抵抗が嘘のように、ピクリと動かなくなる。
安堵と罪悪感に苛まれながら、少年は獲物の後頭部を抑える手をはなす。
少年が抑える手をどかした瞬間、獲物は息を吹き返し立ち上がる。少年も素早く立ち上がり、獲物と距離を取る。
死に際にこそ光る死んだフリ。獲物の行動に、少年は関心を覚える。
自分に向けられた目を見たくない少年は、頭を下げ獲物の足元だけに目を凝らす。獲物はこちらに向かって来る。足の動きに力はない。
先程の抵抗と大量の出血で、弱った獲物を仕留めるのは簡単だった。片足を思い切り蹴り、バランスを崩した獲物の後頭部を掴み沈める。力のない抵抗と、今にも消え入りそうな泡沫。
「悪い子なんだろ?悪い子そうだろ?君は悪い子」
言い聞かせる少年の声は、自分の行動にかき消される。
今度はすぐに動かなくなった。本当の終わりが訪れた。獲物に刺さった凶器を引き抜き、池に沈める。
完全に人生を終了した獲物を、心から追い出すように、みんなの笑顔が思い浮かぶ。
「そうだ。これで良いんだ。仕事!ご褒美が待ってる!」
少年の目から、溢れた涙が池に帰る。
「ああっ、また池が汚れる」
両目を抑えて、涙をせき止める。汚れた少年の手は、濁った池とよく馴染む。少年は何事も無かったように、その場から立ち去る。
少年が作った、死体はすぐに見つかった。聞きつけた子どもが、ゾロゾロと現場に集まる。
見たくなかった悲しい顔と涙。仕事をこなしたにも関わらず、少年が守りたかった笑顔はどこに見当たらない。
「うっ!おえっ!おえぇ!はぁっ、はあ」
夜ご飯を食べ終えた後、少年はトイレで吐いていた。開いた口はぽっかりと塞がらない。喉の奥からは溜め込んだ物が、色々と吐き出される。目からは、感情に起因しない水が流れる。
少年が全てを水で流して個室から出ると、雪の少年がトイレに入って来た。
「何!?泣いてんの?」
「ああ。今日の夕飯嫌いなもんが出て、吐いちゃってさ。それで涙ツーツーだよ」
少年は、何もかもが限界に達していた。それでも雪の少年の前では、余裕のあるいつも通りの振る舞いを装う。
「お前に嫌いな物なんてあったっけ?」
「...今日できたんだ」
「嫌いな食べ物って、そんな急に増えるの?」
「まあ、知らない食べ物の方が多いから」
トイレを後にして、少年が亡霊のようにフラフラと歩いていると、後ろから呼び止める声が聞こえる。
「よお。死体確認したけど、いい腕だったぜ」
少年が振り返った先には、傷の男が立っていた。少年にギフトを発現していない子どもを殺せと、命令をしたあの男だ。傷の男は、満足そうな表情を見せびらかす。その表情は見る者に、特に少年には不快感を与えるものだった。
「この調子で、次もよろしく頼んだぞ」
それだけ言って男は、少年に星石を投げて立ち去る。少年に受け取る気力は残されておらず、星石は地面に転がる。少年はゆっくりと、崩れ落ちるようにしゃがんで、星石を拾う。
少年は2人目も殺す。
たった一度の経験で慣れてしまったのか、心が動くことはなかった。火の消えた蝋燭のような瞳で、何も知らない死体を見てる。
後ろめたさから、少年は人を避けるようになった。少年の願いはただひとつ。全て無かったことにしたい。それだけ。
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