第5話 死肉
昨日の雨が嘘のように、快晴の今日。運動場で駆け回る少年と、雪の少年の姿があった。
「おらっ!」
「うおっ」
雪の少年が投げつける雪玉から、少年は逃れる。顔の正面まで飛んできた雪玉を、キャッチする。雪玉は溶けることも砕けることもなく、少年の手の中に残る。
その雪玉を、雪の少年に思い切り投げ返すと、届く前に空中で溶けて水になる。
「はぁ!?お前それは反則だろ!」
「へへ!あり!」
雪玉の寿命は、雪の少年の思うがままだった。少年は抗うすべを失い、草木の中に逃げ込む。樹木の根に足を引っ掛けて、地味な水飛沫を上げて池に落ちる。
「あははは!」
雪の少年は笑いながら近づいて来る。
「も〜、最悪。服びしょ濡れだ。汚いし」
木々に囲まれた浅い池。深さは少年の膝程度にも関わらず、底が見えないほど濁っている。少年が後ろに手をついて、立ちあがろうとすると、妙な手触りがあった。
「うわっ!なんか落ちてる」
「なんかって何?」
雪の少年も、池のすぐそばまで来る。少年は、さっき何かに触れた手を見る。嫌な感触だった。もう1度、同じ手で池の中の物に触れる。
「どう?」
「かなりデカい」
「宝でも沈んでんの?」
少年は思い切って、両手で触れて確信する。覚悟を決めて持ち上げると、水面から姿を現したのは人。
うつ伏せの状態で沈んでいた人体は、少年たちと同じくらいのサイズだった。少年は恐る恐る、両手に抱える体を仰向けにする。顔を見て2人は、体を震わせ目を見開く。
「おっ、俺、人呼んでくる!」
雪の少年は血相を変えて走り出す。池に沈んでいたのは少年たちが知っている人物。この子も少年と同じで、ギフトが発現していない。少年の脳内には、一緒に暇な時間を潰した記憶が再生される。
その瞬間、両手で抱えていることが怖くなって手を離す。池から這い上がり、地面に転がって呼吸を整える。
「はぁ、はぁ。...水冷た」
生い茂る木々から溢れた光が、少年を照らす。死体が見つかったことについて、特に説明はなかった。
これまで共に暮らして来た人間がいなくなっても、今までと何も変わらず生活する者。何をするにも涙が止まらない者。様々だった。
少年は悲しいと思ってはいたが、目に潤いが訪れることはなかった。
それから1週間後、また1人が死体となって発見された。
大人たちに焦った様子はなく、さも当然のような面持ち。何を聞いても知らないと言われるだけだった。
2人目が殺されてから、2日が経過した。その日の早朝、少年たちは宿舎の一室に集まって話をしていた。
4人は床に座って輪を作る。部屋は静まり返り、子どもたちが精一杯作り出した、荘厳な空気が伝わる。
「逃げよう。ここから」
少年の正面に座る、花の少女が口火を切る。
「うん!」
「大賛成!!」
花の少女の言葉に頷き、鑑定の少女と雪の少年は、賛成の意を示す。
脱出の提案に反応のない少年に、花の少女は心配そうな顔で言う。
「君が1番殺される可能性が高いんだから、逃げ出す必要があるよ」
「僕が?...何で?」
「殺された2人には共通点があるの。それは、ギフトが発現していないこと。だから、もし次があるとしたら、ギフトが発現していない子が、殺される可能性が高いの」
それを聞いた鑑定の少女が、焦った表情で少年に近づく。鼻と鼻が触れるくらいの距離まで、顔を少年に近づける。
「近い近い」
鑑定の少女は、首を仰け反らせる少年の頬っぺたを、両手でがっしりと掴む。
「このくらいの距離じゃないと、よく見えないの」
鑑定の少女は目をパッチリと開いて、少年を凝視する。
「ダメだぁ。やっぱりギフト発現してないよ」
「まあ、そりゃ、そうでしょ」
危機的な状況にも関わらず、呑気に返事をする少年。その少年に向けて、花の少女が話し始める。
「私、最近気付いたことがあるの。この敷地に、10歳の子どもしか集められてないのは、ギフトが発現していない人は殺されるって、年下に伝えないため、年上に教わらないためだって」
「考え過ぎじゃないかなぁ?」
「何でそんなに落ち着いてられるの?さっきも言ったけど、君はギフトが発現していないから、殺される可能性が高いんだよ?」
「何でって」
少年が危機感に晒されない理由、それは頭の片隅にある、あの日の記憶。牢屋の中で言われた言葉。
少年は脱走でもなく、正式にここから出るでもなく、迎えを待っていた。
「死んだ2人は、ここから逃げ出そうとしたんじゃない?それで、大人たちに見つかって殺された。死体が残ってたのは、僕たちに見せつけるためだよ。お前たちも、逃げたらこうなるってね。その2人が、偶然ギフトを発現していなかったってだけの話じゃない?」
少年の言葉に、3人は目を見開いたまま固まる。
「みんなはギフトを発現してるんだ。殺される可能性が低いんでしょ?なら、大人しくしてた方が良いよ。わざわざ危険な目に遭いに行かなくても」
鑑定の少女と雪の少年は、怖気付いたのか俯いて黙り込む。そんな2人を見て、花の少女は言う。
「なら、私と2人だけで逃げ出そう。絶対に外まで、安全に連れて行くから」
「2人?他の子は?僕だけ逃げるなんて不平等じゃん」
「私だって、出来るならみんな助けたいよ。ここにいる、みんなの声も性格も知ってる。好きな食べ物も嫌いな食べ物も、外に出たらやりたいことも。でも、人数が多ければ途中で見つかる可能性が高まるから」
少年が悩み唸っていると、ベッドに腰を掛けて、一言も話していなかった、透視の少年が立ち上がる。
「ちょっと来てくれ」
透視の少年は、少年に声を掛けて部屋を出る。宿舎の外へ出て、少年たちを閉じ込める壁の前まで来た。透視の少年は壁に視線を向けて、少年に背を向ける。
「お前は自分が死ぬのが怖くないのか?」
「えー。みんなが死ぬのは怖いって思ってるけど、自分が死ぬ所なんて想像出来ないよ。だって、僕が死んだら、何も考えることなんて出来なくなるんだから」
少年の返答に、透視の少年はピクリと肩を動かす。次の質問を投げ掛ける。
「外の世界は良いところなのか?」
「ん〜、もう、あんまり覚えてないよ。ここに来て年数が経過するに連れて、どんどん忘れちゃうし」
「俺たちは誰も外を知らない。でも、お前は知っている。広い世界から、こんな窮屈な場所に来たんだ。忘れたとしても、戻りたいと思わないのか?」
「まあ、ばあちゃんに会いたいかな。ばあちゃん僕のこと大好きだったから、きっと今日も会いたがってる。でも、ここでみんなと一緒にいるのも楽しよ」
「...ふっ、そうか」
囁くように笑い、透視の少年はポケットから何かを取り出し投げる。それは壁よりも高く飛び上がり、壁の向こうへと渡った。
「戻るか」
「ああ、うん」
部屋に戻ると、透視の少年は花の少女に声を掛けて、再び外へ出て行った。
翌朝、少年が目を覚ますと、部屋に鑑定の少女が飛び込んでくる。鑑定の少女は、花の少女がいないと言う。少年と同じ部屋で過ごす、透視の少年の姿もなかった。
少年たちは、透視の少年と花の少女を探す。運動場を探していると、1本だけ妙に目を惹かれる木があった。その木を見たくないと思っても、嫌でも無理やり視界に入り込んでくる。
そこには透視の少年の姿があった。ただ、あるのは姿だけで、それ以外は何もない。風鈴のようにぶら下がっているが、風が吹いても軽く揺れるだけで音は鳴らなかった。
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