13.説明会(2)

今年の新人騎士の内、女性は20名ほどらしい。ホール後方の即席の採寸室にはそのほぼ全員が揃っていた。

 

 女騎士はそもそもの希望者が少ない。だが需要はあるので毎年一定の人数が合格する。そのため男性の騎士よりも女騎士の合格率は高いと言われている。しかし帝国では女の子が騎士を目指すのは珍しく、そのため受験する少女達のほとんどは、ハナノのように幼い頃から強い意思と志を持って騎士を目指してきた者達だ。冷やかしや思い出作りの受験は皆無で、女性の受験生は受験する時点である程度のレベルに達している。そこを勝ち抜いた新人女騎士達は少数精鋭と言えるだろう。男に劣る筋力を補うために魔法が使える者も多く、女にしては長身の者も多い。 

 また女騎士になれるのは、女だてらに剣術を学べるような環境にあった者達でもあるので、毎年平民出身はほとんどいない。今年は全員が貴族の出のようだ。纏う雰囲気や着ている服の質でそれが分かる。騎士志望で採寸もするとあって、並んでいる者達はハナノも含めてほぼ全員がパンツスタイルだ。採寸室には見目麗しい男装の麗人みたいな新人達で溢れていた。


(かあっこいい)

 惚れ惚れするハナノ。

 たまにいる気軽なドレスの少女も背はすらっと高く、立ち姿が美しい。ハナノも自然と背筋が伸びる。

 そんな中、ハナノの前に並んでいたのは、きっちりと豪華なドレスを着た少女で、まさにご令嬢だった。ドレスの中にはきっとコルセットも着けているだろう。


(採寸、どうやってするのかな?)

 即席の採寸室には衝立もあり、スカートの子達はそこで裾丈を測るようだが、目の前のご令嬢のドレスは重そうで気軽に捲れなさそうだ。大丈夫だろうか。

 

 ハナノはしげしげとご令嬢を眺めた。背の高さはフジノと同じくらいで、やはり女性にしては背が高い。背すじが美しく伸びて姿勢がいい。髪の毛は濃い豪華な金髪でしっかりと縦ロールされてアップになっていた。

 

(おおう、縦ロール)

 ザ・ご令嬢の縦ロールだ。

 縦ロールを間近で見るのが初めてのハナノは、つぶさに観察してしまう。

 

 ハナノがじっくり縦ロールを観察していると、視線に気付いたご令嬢が振り返り、ハナノを一瞥した。

 

「……あ、じろじろ見ちゃってごめんなさい。素敵な髪型だったので。えーと、こんにちは、ハナノ・デイバンといいます。よろしくお願いします」

 びっくりしながら挨拶をする。ご令嬢は冷たい感じの美人だった。美しくも冷たいアイスグレイの瞳と目があう。その瞳がとても大きく見開かれた後、ご令嬢はふぁさっと扇子を広げて口元を覆った。


(おおう、扇子)

 こういう、ザ・ご令嬢な所作を間近で見るのも初めてだ。アイスグレイの瞳はすっと細められたので、ここは冷たく「ごきげんよう」などとあしらわれるのかな、と考えていたのだが、想像に反してご令嬢は、はきはきと答えてくれた。


「おほほほ、初めまして、私はローラ・アルビンスタインといいます」

 意外にもきっちりと挨拶を返してくれたご令嬢ローラ。態度は胸を反らして少し高圧的ではあるが、顔は強ばっているようにも見える。


(おほほほ、って笑う人、本当にいるんだ)

 ハナノはまずその笑い方に衝撃を受けた。


(これが、本物のご令嬢……)

 着付けが必要な豪華なドレスで来てるという事は、ローラは帝都に住んでいる高位貴族に違いない。

 加えて金髪縦ロールに扇子持ち。

 田舎ではお目にかかれない深窓のご令嬢ってやつだ、とハナノは思う。

 後でフジノに話してあげよう。


「初めまして、アルビンスタインさん。これから同期だしハナって呼んでくれると嬉しいです」

 ハナノがにっこりしながらそう言うと、ローラは嬉しそうに少し顔を赤らめた。

 

(あれ? 何だかちょっと可愛い?)

ローラの意外なリアクションにハナノは少し親近感が湧く。


「では、私のことは、ローラと呼んでもよろしくてよ!」

 ローラの態度は高圧的なままだが、頬は赤いし声に喜色が滲んでいて、嬉しそうなのが分かった。


「いいの?」

「ええ、そもそも帝国騎士団では家名呼びはしませんのよ。貴族への捜査で家名が必要な時以外は使いません。騎士である以上、身分は関係ありませんもの」

「へええ」

 それは知らなかった。


「元々、そういう風潮があって、現在の総監になられてから徹底された事です。地方の方は知らない方も多いですわ。お気になさらず」

「教えてくれてありがとう、ローラ」

 早速、ローラと呼び掛けてみると、ローラはすごく嬉しそうになる。

 

「ほほほほ、かまいませんわ! ハナ!」

 ロールも嬉しそうにハナノの名前を呼んでくれた。


 ひょっとすると、これは、あれでは、とハナノは思う。

(これは、と……友達の予感、では)

 そう気づいてドキドキしてくる。

 

 ハナノにはこの歳まで、友達、と呼べる存在はいない。五人兄弟の末っ子のハナノには双子の兄のフジノを含めて兄は四人。幼い頃のハナノは上の三人の兄達に構い倒されていたので、同い年のしかも同性の子供が入る隙はなかった。ある程度大きくなってからは双子の兄のフジノが構い倒してきたし、騎士を目指していたハナノは剣術に勉強にと忙しく、たまにあった商家の女の子達とのお茶会では全然話が合わなくて、結局、友達は出来なかった。

 側には常にフジノが居たので、友達がいない事をを気にした事はなかったが、“友達”に小さな憧れくらいはあった。

 ローラとなら、同じ女騎士だしきっと話も合う。ハナノはワクワクしてきた。


「ドレス、とても素敵ね。ローラは姿勢もいいね」

 ワクワクしながらとりあえず褒めるハナノ。

 上の兄達、特に次兄と三番目の兄は「女相手はとにかく褒めろ」と言っていた。

 

「当然ですわ。良い精神は良い姿勢から、ですもの」

 嬉しそうに答えるローラ。


「へー、そうなんだね」

 “良い精神は良い姿勢から”なんて初めて聞く。

 家訓とかかな、と思いながらハナノは相づちをうった。


「私のアルビンスタイン伯爵家は、代々騎士の家系ですの。騎士たるもの、どんな時でも所作を美しく、ですわ」

 再び家訓らしきものが出てくる。さっきのも家訓のようだ。

 それにしても、帝都の伯爵家で代々騎士。家門の名前なんて一切覚えてこなかったが(フジノが必要ないと言ったのでそちらの勉強はしていない)、きっとローラは由緒正しき大物貴族の出身なのだろう。

 

「伯爵家なんだね。すごいねえ。うちは田舎の男爵家なの。ローラは帝都にお屋敷があるの?」

「ええ、そうよ。でも、ハナ、家は関係ありませんわ。騎士たるもの、常に実力勝負です」

「ふーん。代々騎士だからローラも騎士になったの?」

「ええ、父も二人の兄も騎士ですの。私も幼い頃よりなると決めておりました。ちなみに、一番上の兄は騎士団長を拝命していますわ」

「えっ! 団長さんなの!? すごい、強い方なのね」

 さすがは代々の騎士の家系。

 

「ええ、まあ……」

 兄を褒められて、ローラはますます嬉しそうだ。


「私も四人の兄がいるの。一番上の兄は騎士なんだけど、団長とかじゃなくて会計係だったはず。でも優しくて素敵な兄なの」

「ハナ、もちろん強さも重要ですが、配属や役に関わらず、騎士の精神が強いものが最高の騎士、ですよ」

 ハナノの言葉にローラは緩んでいた口元を引き締めてそう言ってくれた。“騎士の精神が強い者が最高の騎士”、これもきっとアルビンスタイン家の家訓なのだろう。家訓が多い。


「ところでローラのお兄さんは第何団の団長さんなの?」

「第十四団長ですわ」

「じゃあ、ローラは第十四団配属希望?」

「いいえ、私の希望は上位四団ですの。長兄もずっと第三騎士団所属でしたのよ」


「じょういよんだん、って何?」

「えっ、知らないの?」

 ハナノが聞き慣れない言葉にきょとんとすると、ローラがびっくりした顔で聞いてくる。口調から“ですわ”が取れた。


「じょういよんだん?」

「上位四団よ」

「……知らないみたい」

「騎士団が、全部で20あるのは知ってるわよね?」

 ローラから、完全にですわ口調が無くなった。ハナノとしてはこっちの方が話しやすい。


「知ってる。第八団までが帝都駐屯の騎士団でしょう。第九団からが郊外の駐屯」

「そうよ。その帝都駐屯の八団の内、第一から第四までは皇室直属なの。いわば皇室の私兵ね。貴族会議の決定なしで任務にあたるから急を要する案件や、危険な任務が多いわ。上位四団と呼ばれていて、入れるのはエリートだけ、新人の配属は四団とも毎年若干名で、新人の配属がない年もあるのよ」


「へえー、知らなかった」

「上位四団は、騎士を志すなら誰もが憧れるものなんだけど」

「うちは本当に田舎で、正規の騎士すら来ないようなとこだったから」

 そんなこと、フジノも教えてくれなかった。フジノもその存在を知らないんじゃないだろうか。

 そしてそんなものが存在するなら、フジノは絶対にその上位四団に配属だろう、とハナノは思った。

 

「貴女の兄、フジノ・デイバンは絶対にそこに配属になるわよ」

 ハナノの考えていた事と全く同じことをローラが言った。

 

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