8.フジノの取引(1)
フジノは帝国騎士団入団試験の本部の一室で、ぼんやりと椅子に座っていた。
自身の試験は無事に終了している。剣術は相手の騎士の油断もあって難なく勝ったし、体術は問題なくエントヒヒを組伏せた。最後の魔法の試験では炎の竜巻を出現させ、試験官の騎士は言葉を失っていた。だから、試験は無事に終わったのだが、フジノは今、わざわざ本部に連れてこられている。
(竜巻、やり過ぎたみたいだな)
ゆったりと足を組み直しながら考える。
炎の竜巻に言葉を失った試験官は、フジノを明らかに警戒して、試験が終わるとすぐに「すまないが、少し時間をいただく」と言いフジノをここに連れてきた。どうやら怪しい人物だと思われたようだ。
(でも、まあ丁度よかったのかな)
元々、ある程度の注目は集めるつもりだった。フジノには注目を集めて通したい要望があるのだ。
これからここへ来るのは騎士団の上の人間だろうから、要望を伝えて交渉するには好都合だ。
半時ほどすると、険しそうな足音が近づいてきて、軽いノックと共に扉が開く。入ってきたのは、赤茶色の短髪に緑色の瞳のかなり大きな騎士だった。騎士は団長の証しである深紅の飾りマントにバッジを付けている。
マントもバッジもフジノがルドルフだった頃の証しと変わっていない。ただ、昔のマントは刺繍入りの豪華なもので、丈も、もっと長く明らかに儀礼用だった。見た目重視で実用性のないそれをルドルフは軽蔑もしていたのだが、現在のそれは邪魔にはならなさそうだ。
(ふうん 、団長クラスか)
フジノは全く動じずに赤茶色の髪の騎士を見上げる。
「待たせたな、帝国騎士団第四団長のラッシュだ。帝国騎士団では家名は使わない、ラッシュと呼んでくれ」
赤茶色の髪の騎士はそう言うと、フジノの向かいに腰かけて、フジノの頭の先から爪先までじろじろと見回した。フジノは
ラッシュはフジノを
「フジノ・デイバンです」
フジノは静かに返した。
フジノもゆっくりとラッシュを観察する。
ラッシュの魔力は全く大したことなさそうだ。でも何か得体の知れない強さのような物を感じた。
(勝てない気がする……まあ、団長だしな、強くないと困る)
ラッシュはまっすぐにフジノを見ている。陰謀や策略をするタイプではなさそうだ。交渉はしにくいかも、と一抹の不安がよぎる。
「試験会場から説明もなしに連れてこられて、団長まで出てきたのに、動じないんだな」
フジノの様子にラッシュは顔をしかめた。
「ご期待に添えず、すみません」
「感じ悪いな」
「今からでもおどおどした方がいいですか?」
「いらねえよ。受験生のくせに可愛くねえな」
「騎士に可愛さなんていります?」
「……いらねえよ」
ラッシュが苛つく。単純な性格みたいだ。前世の自分に近いな、とフジノは思う。
「合否も分かってない入団希望者をこんな風に扱うのはどうかと思います。妹が待ってるはずなんで、早く要件を言ってください。ラッシュ団長」
「うわあ、出会ってすぐだが、俺はお前嫌いだ」
ラッシュがものすごく嫌そうな顔になった。
「僕もたぶんあなたの事嫌いです。それで、何ですか?」
フジノが冷たく返すと、ラッシュはこめかみをぴくぴくさせながら、深呼吸した。
「生意気なクソガキめ。ふう、フジノ・デイバン、お前はもう合格が決定している」
「でしょうね」
平然と相づちを打つと、ラッシュは口の中で「クソガキ……」と繰り返す。
「落ち着け、こんなガキに苛つくな。こいつは正真正銘15才の人間のガキだ。逸材だぞ、うちでもらう」
ぶつぶつとそう言ってからラッシュはひきつった笑顔を作った。
「フジノ、入団の最終決定前にいくつか聞きたいことがある。魔法はどこで身につけた?おっとその前に、6才の魔力測定の値は?」
「……200です。神殿に問い合わせていただいても構いません。魔法は独学です」
ラッシュが眉をぴくりと動かす。
「おいおい、炎の竜巻を出したと聞いてるぜ、魔力の値が200もおかしいが、独学な訳もないだろ?」
「独学は本当ですよ。僕、天才なんで」
「は?」
「天才なんです」
「…………」
ラッシュの苛立ちは大きくなったようだったが、団長としての責務と誇りが彼を自制した。
「……分かった、魔法の事は一旦置こう。剣術は誰に習ったんだ?」
「一番上の兄から習いました。兄の名前はフリオ・デイバン、帝国騎士団の騎士です」
「ほう」
ラッシュが目を細める。
「さっき妹が待ってると言ったな、妹も一緒に来たのか?」
「はい。それくらいは前もって調べておいて欲しいですね。同じ試験会場ですよ?妹はハナノ・デイバン、ちなみに双子なので僕と同じ15才で、妹も今回試験を受けています。」
ラッシュの目が光る。きっとハナノの方にも魔法の才能があるのでは、と考えているのだろう。フジノはハナノをラッシュに
先ほど自分が
「ご心配なく、妹は僕とは違ってすごく真っ当で普通です。魔力もほとんどないので魔法も使えませんよ」
「へえ、そうか」
「それにしてもさっきから、まだるっこしいですね。本題を進めてくれませんか?」
「……お前、本当にいちいち苛つくな。
フジノ・デイバン、さっきも言ったようにお前はもう合格が決定している」
「はい。だからそれ、さっき聞きました」
「うるさい、一言多い。俺は合否の最終判断のためにお前と面会したんだが、俺もお前は騎士団に入団すべきだと思う」
「それは、ありがとうございます。でしたら一つ条件があります」
「ああ、よかった…………うん? 条件?」
「はい、僕が入団を承諾するにあたっての条件です」
「は? お前、帝国騎士団に入団したくて試験受けたんだよな?」
「その質問については、イエスであり、ノーですね」
ラッシュのこめかみがぴくぴくと震えた。
「お前、イライラすんなあ、話しにくい。イエスでノーって何だ」
「確かに一応入団希望ですが、今から言う条件が通らないなら入団はしません」
「はああああぁ、落ち着け、俺。……条件とは?」
「簡単な条件です。僕を入団させるなら、妹と同じ団にしてください」
「…………は?」
「聞こえませんでしたか? 僕を入団させたいなら、妹と同じ団にしてください」
「何言ってんだ。騎士団は遊びじゃねえんだよ。騎士って言ったら、我が身と剣だけを頼りに弱きを助け、帝国のために忠誠を尽くすんだ。妹と一緒にってふざけてんのか?」
「全く、ふざけていません。騎士や騎士道に僕は全く興味はありません。生まれる前から妹を守る事だけが僕の使命です。なので、妹と同じ団に入れないなら騎士にはなりません。“偵察”の魔法まで使って僕を探った上で入団させるって事は、それは困るんじゃないですか?」
フジノから“偵察”という言葉が出ると、ラッシュは勢いよく立ち上がってフジノと距離を取った。ビリビリと殺気が立ち上がり、ラッシュの手が腰の剣へとかかる。その動作は素早く隙がない。おそらく、今のフジノが本気で反応したとしても勝てるかどうかは分からない。
(……いや、負けるな。やっぱりこの人、強いのはかなり強いな)
フジノはラッシュを刺激しないように気を付けて口を開く。ここで斬り合いになれば今のフジノではラッシュに勝てない。それに揉め事を起こす気もないのだ。
「やめてください、攻撃なんてしませんよ。確かに僕は魔法はあなたより使えますが、今の僕ではあなたに勝てるとは思いません。さっきも言った通り、僕の使命は妹を守ることだけです。僕は怪しいけれど、有望な新人なんでしょう?騎士団で飼っておくのがいいと思いますよ。妹のハナノさえつけてくれるなら僕は大人しいです」
「何で、“偵察”が分かった?」
ラッシュの手は剣の柄にかかったままだ。
「自分が晒された魔法くらい分かりますよ」
「そもそも、何で偵察魔法を知って……いや、いい。視られていると分かってて、抵抗しなかったのか?」
偵察は血筋で受け継がれる能力だ。相手の正体や力量、状態が分かる。優れた使い手だと思考や記憶まで読み取る事ができるが、そこまでの使い手は中々いない。能力の一つだが魔法の一種でもあるので、自身にシールドを張れば視られる事を防ぐのも可能だ。
「跳ね返すのは簡単ですが、そんな事したら今度は騎士団本部行きじゃないですか。偵察の使い手は少ないですよね。そんな人がわざわざ来たってことは、何かを疑われているんでしょう?大人しく視られた方が賢いです。試験での炎の竜巻はやり過ぎだったんですね。僕を魔物か何かだと疑ったんですか?」
「ふむ」
ラッシュはがしがしと頭をかいた。しばらく逡巡してから口を開く。
「そうだ。魔法の威力が半端ないから試験官がお前を怪しんだ。でも、試験の結果が本当に15才の男爵子息によるものなら、こちらとしては是非とも欲しい人材だった」
「ありがとうございます」
「是非とも欲しい、なんてものじゃないけどな。その魔力量と魔法のセンス、手放すのは危険なレベルだ。もうぶっちゃけると騎士団に入れて監視もしたい」
「なら、妹と同じ団にしてください」
「なあ、お前何で騎士団受けたんだ?」
「妹が帝国騎士団に入りたいと言ったので。側に居るためには僕も入らないとダメでしょう? 騎士は妹の憧れなんです。僕にとっても妹を守るためにより強くなるのは良いことです。魔法はともかく、筋力も剣術もまだまだなので」
「……えーと、シスコンか?」
「そういう低俗なものではありません。」
「まあいいや。あと、魔力200って嘘だよな。偵察がバレてるなら言うが、さっきちらっと見ただけでもお前の魔力は2000を越えていた。そんな奴、お前以外では今の帝国にはたった一人しかいない」
「ふーん、僕の魔力は2000越えかあ。正確な値は知らなかったので知れて嬉しいですね。あと、神殿の記録はちゃんと200ですよ」
フジノはふふふ、と笑った。
「……まさか、6才で自分の魔力の放出量をコントロールしてたのか?計測時に抑えたんだな?」
「まあ、そうですね」
「それで、帝都の魔法学校にも入らずにここまで来たのか、6才で魔力の放出量をコントロールとか、末恐ろしいな……それにしたって、親は何も言わなかったのか?」
「かなり、のんびりした両親なんです。魔法の実力は親にも隠してましたしね」
「何故だ?」
「バレると、帝都の魔法アカデミーを勧められるじゃないですか。僕だけ帝都に出てきたら妹を守れません」
「お前の世界、妹中心すぎないか? えーと、後は、魔法は本当に独学か?」
「ええ、僕、天才なんです。そしてあんな田舎に魔法使いなんて居ませんよ」
「独学で二属性なんて操れるか?素質があったとしてもだな」
「だから、天才なんですよ」
「…………なんかもう、どうでもいいや。
フジノ・デイバン、察しのとおり、お前は危険人物だった。炎の竜巻を片手間で出現させたのに全くの無名だったからな。そして、正真正銘15才の男爵子息だった今、その魔法の才能は騎士団で抱えておきたいものだ。俺はお前を手放したくない。本部へもそう報告するし、妹でも何でも使って入団してもらう。妹と同じ配属にする事についても考慮しよう。だが、試験の合否となれば話は別だ、妹の合否までは関与しない」
「大丈夫です。妹は平凡ですが、合格できる範囲です」
「えーと、それは妹を褒めてるのか?」
「僕は、とにかく妹に普通で幸せな人生を歩んでもらいたいので、平凡なのはいいことです」
「おう、そ、そうか」
「さて、話もついたようですし、僕は失礼してもいいですか?最初に言った通り、妹が待っているんです」
「本当に、妹、妹、妹だな。大丈夫か? そういうのは嫌われるぞ?」
「嫌われてませんよ。平気です」
「いや、その内にだな……まあいいや。行けよ。二日後に通知がいく」
ラッシュは追い払うように手を振った。
「はい。それでは今後もよろしくお願いします」
フジノは一礼すると部屋を後にした。
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