わたしの芝生は枯れていない

塩野ぱん

1.千佳と凪

 彼女はどうしてこうも、私をイライラさせるのか。


 話しているうちに苛立ちを覚えるのが分かっているのに、しばらくすると会いたくなる彼女。

 私の日々こそ充実しているはずなのに、自分とあまりに違う彼女が幸せそうに見えて仕方ない。

 何故彼女はこうも輝いて見えるのか。その輝きこそ、私の勘にさわるのだ。

 


「写真っていえばさ、私は千佳の年賀状がほしいんだけどね」

 土曜の昼下がり、千佳の家のリビングで凪がポツリと言った。ソファに深く座り、家のようにくつろいでいる。凪の膝の上には、秋斗と春菜の去年一年分のアルバムがあった。千佳がお茶を用意する間、これでも見ていてと渡したものだ。


 秋斗はこの春から中二、春菜は高二になった千佳の子どもたちだ。凪は、二人のことは生まれた時からよく知っている。産院に駆けつけてくれたし、毎年誕生日が来るたびにお祝いしてくれて、子どもたちにとっては親戚より近い存在だった。

 だから子どもたちのアルバムも、特に意味もなく凪に渡した。受け取った凪も、入学式の秋斗ったら緊張してるーなどと言って楽しげだったのに。突然年賀状の話などするから、千佳はさっき焼いたシフォンケーキを切る手を止めて聞き返した。

「なによ突然。年賀状って」

 リビングを見渡すキッチンから、ソファに座っている凪に声をかける。細身のジーンズを履いた長い脚を組みアルバムを見ていた凪は、顔を上げてキッチンに立つ千佳へと視線を移した。

「毎年千佳が送ってくれる、写真入りの年賀状だよ」

 凪が人差し指で、空中に長方形を描く。指先のベージュのネイルが、窓から降り注ぐ日光に当たってキラリと光った。


 千佳と凪は、高校の同級生だ。

 大学、就職と進路は全く違っているが関係は途切れず、もう二十年以上の仲になる。年賀状だって高校の頃からずっと、毎年送り合っている。春菜が生まれてからは子どもの写真に一言添えるのが定番で、今年は春菜と秋斗の一年間のベストショットを何枚か選んでコラージュ風にした。それらの写真が入っているのが、今凪の手元にあるアルバムだ。

「その年賀状がどうしたのよ?」

 凪の言いたいことが全く分からず、千佳は首をひねる。気の短い凪は、肩上の長さの髪をかきあげながら、だからあと少し苛立ちを含んだ声を上げた。

「子どもたちの写真とコメントまで子どものことで、千佳のことなーんにも書かれてないじゃん。それってもうあんたの年賀状ではないって言ってるの!」

「えっえー?」

 何を言い出すのかと思えば。千佳はふっくらとした眉間にシワを寄せる。


 確かに今年の年賀状には、秋斗がスイミングの都大会で入賞したことを書いた。だけど凪は秋斗と春菜の成長をいつも気にしてくれるし、大体年賀状を作っているのは千佳自身なのだ。

「なんでよ、今さら私の何を知りたいのよ」

「別にそういうんじゃなくても、今度一緒にランチしようねとかあるじゃない」

「そんなメッセージ、よくスマホに送ってるでしょ。なんで年賀状なのよ」

「だからあ」

 どうも話が噛み合わない。

 とはいえいくら千佳にだって、凪の言わんとしていることは何となく分かった。


「だっていつも子どもと旦那のことばっかりで、自分なんて後回しだもの」

 千佳は口をとがらせて、凪を少しにらむように上目遣いで見つめる。

「まあそうなんだろうけど。でも例えば、子どもたちが学校行ってる間は一人なわけじゃない? 昼御飯とか」

 凪の問いに、千佳はまた顔を曇らせる。子どもがいないからって、いやむしろ子どもがいないから一人の昼など適当だ。昨日なんて残ったご飯に豆腐と納豆を乗せて卵をかけレンジで三分温めた、名もなき手抜き料理だった。

「そういう凪は昨日の昼、何食べたのよ」

 千佳の問いに凪は視線を上に向けて少し考えたのちに、口を開いた。

「カツ丼だよ。色気ないね」

 色気はないが、料理名があるだけ自分よりマシだと千佳は目を細めた。

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