後輩の巨乳美少女が「私を食べてください」と迫ってくるんだが。
抑止旗ベル
「たまごやきの回」
第1話
「先輩! 私を食べてくださいっ!」
昼休み。
中庭。
いつものベンチに座っていた俺は、一学年下の少女から衝撃の一言を告げられた。
まるで周囲に宣言するような大きな声だった。
空いた口がふさがらなかった。
歯型のついたブロック状の栄養食が、俺の手から零れた。
少女は羞恥プレイでも受けているかのように顔を赤くして、今にも泣きだしそうな目で俺を見つめている。
その両手に握られた弁当箱は、まっすぐ俺の方に差し出されていた。
「……あのさ、ひとつ確認したいんだけど」
「はっ、はい! なんですか!?」
「『私を』じゃなくて、『私の弁当を』――じゃないのか、さっきの台詞は」
俺の言葉に、少女の顔がまた一層赤くなる。
顔から湯気を出しそうなほど赤面した少女は、蚊の鳴くような声で言った。
「ま……」
「ま?」
「間違えました……っ!!」
※
俺、召野偏(めしの ひとえ)は、昼休みはいつも一人中庭のベンチで栄養食や栄養ゼリーを摂取するのをルーティンとする、クラスでも若干浮いている所謂ぼっちというやつだった。
高校に入れば部活とかやったりして自然に彼女とかも出来るんだろうなあ、とぼんやり過ごすことはや一年と数か月。
俺はいつの間にか帰宅部になり、彼女はおろか一日中クラスの誰とも会話を交わさないような孤高の存在となってしまっていた。
というわけで、昼休み。
梅雨も明けて初夏の兆しが見え始めた今日この頃。
いつものように中庭にやってきた俺は、今日のランチを広げた。
ブロック型の栄養食(チーズ味)と、栄養ゼリー(マスカット風味)。
さっそくいただくとしよう。
俺は栄養食のパッケージを開けた。
そのときだった。
一人の女子生徒がまるでゾンビのようにふらふらとした足取りで中庭を横断し、倒れこむように隣のベンチに座った。
制服に着けた校章から察するに、どうやら一年生らしい。俺は二年生だから、俺の方が先輩ということになる。
恐らく後輩であろうその女子生徒は、ベンチに座り込んだまま真っ白に燃え尽きた灰のようになっていた。
この小柄な少女がパンチドランカーということもないだろうし、熱中症だろうか。最近暑いもんな。
少し心配になった俺は、栄養ゼリー片手に彼女へ声をかけた。
「余計なお世話かもしれないけど、大丈夫か?」
「あ……」
少女は淀んだ瞳を俺に向けた。
そして、からからに乾いた唇を震わせるようにして言った。
「お……なか……」
「オナカ? それが君の名前か?」
絶望したような表情で、少女は僅かに首を横へ振る。
どうやら違ったらしい。
「す、すいた……」
「オナカスイタ? ……ああ、腹が減ってるのか。食うか?」
俺が栄養食を差し出すと、少女はそれをじっと見つめ、残念そうに呟いた。
「栄養食、ですか……」
「要らないのか?」
「いえ、要らないとは言ってませんけど……」
どういう意味だろうと思った瞬間、少女は目にもとまらぬ速度で栄養食を俺の手からひったくり、貪るように食べ始めた。
が、途中でむせ始めたので、次にゼリーを差し出すと、少女は恐ろしく速い手つきでゼリーを奪い取り、一気に飲み干した。
なんてスピードだ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
それから、ぷはっ、と一息ついて、少女は立ち上がった。
少女は唇の端についていた栄養食の欠片をぺろりと舐め、生気の戻ったくりくりした黒目を輝かせながら、言う。
「ふう……ありがとうございます、おかげで生き返りました。栄養食だったのが少し残念でしたが、この際文句は言いません!」
もう言ってるようなものじゃんと思いつつ、俺は答える。
「それは良かったよ。で、一体何があったんだ?」
「いやそれが」と、少女は恥ずかしそうに目を伏せる。「忘れちゃったんです、お弁当」
「……え?」
「ですからお弁当を忘れちゃったんですよ。それで、栄養の補給を絶たれた私は生死の境をさまよっていたというわけです」
「そ――それは大変だったな。そんなに長い間飲まず食わずだったのか?」
俺が訊くと少女は神妙な顔をして、
「ええ、そうなんです。朝、白ごはんをお茶碗3杯分くらいしか食べなかったのがいけなかったのかもしれません」
「……え?」
「え? 私何かおかしなこと言っちゃいましたか?」
「いや……十分すぎるくらい食べてる気がするけど」
「いつもは5杯くらい食べるんですけど」
「将来は力士にでもなるつもりか?」
「いえいえ、将来の夢はお嫁さんです!」
後輩少女は横ピースとキメ顔のコンボでそう言った。
「エンゲル係数と血糖値が心配になるな……」
「そうそう、申し遅れましたが私の名前は光葉ぱせり、ピカピカの一年生です! この昼食のご恩は一生忘れません! いえ、一生と言わず何度生まれ変わっても忘れないでしょう。そうして私は食欲という煩悩に苛まれいつまでも輪廻転生を繰り返すのです……」
「あ、ああ、そうか。いつか悟りの境地に達して解脱出来ると良いな」
こいつ、仏教徒だったのか。
またひとつ知らなくてもいいことを知ってしまった。
「おっといけません、昼休みは先生に呼び出されていたんです。いつかお返しをしますね、親切な先輩」
光葉と名乗る後輩少女は軽やかな足取りで中庭から去っていった。
いったい何者だったんだろう、あいつは。
まあいいか。学年も違うし、二度と会うこともないだろう。
※
―――と思っていたのが間違いだった。
翌日の昼休み。
中庭のベンチに座りブロック状の栄養食を齧っていた俺の前に、あの後輩少女は再び現れたのだ。
「あの、先輩」
恥ずかしそうに俺から視線を逸らしながら、頬を紅潮させ、光葉ぱせりは俺を見下ろす。
ベージュ色をしたセミロングの髪が風に揺れていた。
「な、なんだよ。何しに来たんだよ」
「昨日のお礼をしようと思いまして」
「お礼?」
「ええと、私、あんまりこういうの慣れてないんですけどぉ……」
光葉は夏服であるブラウスの第一ボタンを何故か開けていて、その間からは鎖骨と白い胸元が覗いていた。
その視覚的情報を元にして、俺の脳が高速で演算を開始する。
円周率と三角関数を駆使し導き出された光葉のバストサイズすなわちパイ=F―――つまり、Fカップってところか。
けっこう華奢に見えるが、人は見た目に寄らないものだ。
いや。
落ち着け、俺。
現実を直視しろ。
目の前にはなぜかボタンを外した(巨乳の)後輩少女が。
そして昨日のお礼をしてくれると言う。
再び俺の脳が高速で演算を開始する。
スーパーコンピュータが気温や気圧のデータを基に気象を予測するように、俺の脳も現在俺が置かれた状況を基にこれから起こるだろうイベントを予測した。
結論。
なんかえっちなことが起こる。
俺は慌てた。
「ちょ、ちょっと待て光葉。ここは中庭だし、学校だし、そもそも俺らは未成年だし」
そんな俺の言葉を他所に、光葉は高らかに言う。
「先輩! 私を食べてくださいっ!」
俺は開いた口が塞がらなかった。
歯型のついたブロック状の栄養食が、俺の手から零れ落ちた。
よ、よせ、光葉!
こんな人目につくところで、そんな破廉恥な!
……ん?
光葉が俺の方に差し出した両手を見て、俺はふと冷静さを取り戻した。
彼女は両手で四角い何かを握っていた。
一瞬だけアダルトなグッズかと思ったが、それは間違いなく弁当箱だった。
弁当箱+「食べてください」という光葉の台詞。
ピンク色に染まりかけていた俺の脳が、今度こそ正常な思考を展開する。
「……あのさ、ひとつ確認したいんだけど」
「はっ、はい! なんですか!?」
「『私を』じゃなくて、『私の弁当を』――じゃないのか、さっきの台詞は」
俺の言葉に、光葉の顔がまた一層赤くなる。
顔から湯気を出しそうなほど赤面した光葉は、蚊の鳴くような声で言った。
「ま……」
「ま?」
「間違えました……っ!!」
フッ。
やはりな。
俺は最初からそうじゃないかと思ってたぜ。本当だぜ。嘘じゃないぜ。別にエロいことなんて考えてないぜ。
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