チュートリアルが終わらない。世界を旅するたったひとつの方法

駆渡いさ

はじまり(1)

「ええと、ジウさん、というんですね。

冒険者登録、ありがとうございます。」


「あ、ありがとうございます。」


木製のカウンターの向こうに、女性が水晶の装置で何かを打ち込む。

ギルドの制服は青色。学校でいう制服に似ている。

前の世界の制服より、ちょっと豪華な感じで、装飾が追加されている。

履歴書のような用紙を提出したところだ。


入力を終えると、一枚の電車の定期券のようなカードが手渡される。


「はい、こちら、冒険者ギルド証です。

そして、こちらが、マニュアルです。

ご存じかと思いますが、冒険者ギルド証はホワイトナイツ連合国の各国で通用します。

もし、可能でしたら、ランクを上げていただくと、色々特典がありますよ。

あとは、こちらが大変に人気ですが、士官していただくことも可能ですね。」


ちらりと、水晶の画面からこちらに視線をずらす、受付嬢。


「...あ、でも、無理なさらないでくださいね。ランク上げるのって、ちょっと、命の危険があったりしますから」


「...お気遣い、すいません」


ボロボロの布の服。

心配されたのかもしれない。


次の人が並んでいる。

木の鎧、鉄の鎧。色が異なる鎧。


種族は、この都は人族と、獣人が多いようだ。


広間は総合施設のようになっており、奥にはテーブルがいくつも並び、料理も出ている。


むせ返るような熱気。汗と、料理の湯気で煙る室内。

大きさは、中学校の体育館が分かりやすい。

それくらいの部屋がいくつかの低い壁で分けられている。


俺はカウンターから離れ、同じギルド内の、テラスのような場所に落ち着く。


手元の紙を広げた。

紙、とは言うが、少し厚手のある紙だ。

紙面は美しい色合いで、そして金色の文字が刻まれている。


「初心者の手引き」


と題字が書かれている。


そしてその下に、箇条書きっぽく黒い文字が続く。

ようするにあれだな、チュートリアルだ。


・冒険者ギルド、商人ギルド、製作ギルドのいずれかで、身分証明書をゲットする


などと書かれている。

見ていると、すぅっとその一行目に取り消し線が引かれた。

終わったってことだろう。


どうやって検知しているのか謎すぎる。

そしてあろうことか、二行目が現れる。


・ガジェットをゲットする。(new)


(new)じゃねぇ、と突っ込みたいところだ。



冗談じゃない。こんな紙があってたまるか。

まさに魔法だ。

ようするにここは魔法の世界で、俺は異世界に来たのだ。


目が覚めたら、このギルドの建物の前で、この紙を持っていたのが、俺だ。

そしてどうやら、俺はこの世界の生まれじゃない。


37歳。独身。


どの瞬間に、この世界に来たのか、全くわからない。

だが正直、別に異世界転生しなくてもいい人生だった。

それほど、悪くない人生だったはずだ。


様々な感情の波に飲まれながら、俺は指示書の通り、俺は目の前のギルドに入り、そして申請用紙に名前を書いた。


そして、この世界での身分証を手に入れたところだった。


なんたって、悩むにも、時間が必要だ。

ギルドの前で突っ立っていては、絶望することも出来ない。

そう思い、一旦は、指示書通りにすることにしたわけだ。


ジウ


身分証にはそう書かれている。

まぁ、これは本名だ。


ランクはF。

ホワイトナイツ連合国家ギルド連合所属、と読める。


知らない言語だ。だが読める。

頭の中に、違う辞書を接続されたみたいだ。


しかしホワイトナイツ連合国家がどんな国家なのか、そういうのは分らない。

中途半端だ。どうせなら全知の能力が必要じゃないか?


学生の頃に呼び出されたのなら、喜んだかもしれない。

でも元の世界で、俺は37の大人だった。


いっぱしの大人になれてたんだ。


テラス席でギルドを眺めながら、俺はため息をついた。

獣人、人族。そして、数人のエルフ。


見ただけでどの種族か、まではわかるが、それ以上の情報が浮かんでこない。

もう少しまともなチートが必要じゃないか。


「こういうのは、本当に、異世界にいきたい少年たちだけの特権じゃないか」


思わずひとりごちる。

こんな独り言を言うようなおっさんを、どうして異世界に呼び出し、さらに丁寧に指示書までつけるのか。


とりあえず、それをやった誰かに、文句の一つでも言わなきゃならない。

ちなみに、さっきの受付の隣に、大きく「ガジェット」と書かれた受付がある。


どう考えても、次はあれに行け、ということに違いない。


分かりやすすぎる。これゲームの世界では?と思えるほど、間違えようがない。

30分ほど眺めてから、俺は席を立ち、ガジェットの看板の前の女性に声をかけた。


何故って、何しろ一文無しだ。

指示書以外に、頼れるものもはない。


正直気分的には絶望しかないのだが、だからといって自殺する気はない。

人は死ぬときは、何をしても死ぬ。

それまでは生き抜かなくてはならぬ。

元の世界で天涯孤独だった俺の、唯一の座右の銘だった。


とりあえず、この指示書に従ってみる。

それが、今考えられるすべてだった。


「あの、すいません」


声をかけると、奥から、褐色の少女が出てきた。

黒髪、褐色、背が低めで、そしてエプロン一丁の服装。

こういう細かい部分を見ると、異世界だな、と納得する。


端的に言うと、無駄に露出度が高い。

まぁしかし俺も男なので、好きだ、そういうのは。


「はいはい、おにいさん、どうしました?」


おにいさん?


言われて手を見る。

腹を見る。


明らかに、俺の前世の体格ではない。

どちらかというと、やせ型の体躯だが、厚めの胸板と、肩。


頭に手をやると、髪型も、1mm刈り上げのモヒカンのようだ。

かなり気合の入った体だな。


ガジェットの看板の下の等身大の鏡をのぞき込むと、顔が分かった。

現代にいたら、確実にウェイ系のヤンキーである気がするが、髪色は完全な黒だった。


普通に若くて、そして強そうだ。マッチョだが、細くはない、という感じだ。


勘弁してくれ。もう一度青春をやり直させるつもりなのか。

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