第39話 幸せの形

 神永夫妻の離婚騒動は、世間で話題にされたが、芸能人の離婚報道など日常茶飯事なので、すぐに人々の話題に上らなくなった。


「まさかREONAさんがお姉ちゃんのことを好きだったなんて、どこの世界の話だよって言いたくなるんだけど」


「いや、私だっていまだに信じられないよ。でもさ、そのおかげで私は今、一人じゃないんだから、彼女には最終的に感謝しかないかも」


「いやいや、それはさすがにREONAさんにほだされすぎでしょ。まあ、お姉ちゃんが納得して一緒に住んでいるのなら、私が文句を言える立場じゃないけどさ。まったく」


 神永夫妻の離婚騒動が収まり、私の身の回りでのごたごたも落ち着いたところで、私は妹の深波と彼女の家で会っていた。これまでの経緯を彼女に話すと、彼女の方も私に対して感じたことを遠慮なく話してきた。久しぶりの妹との会話に懐かしいと感じてしまう。そして、私はようやく妹離れができたのだと、胸を張って言えることに気付いた。


「そうだね。今はいろいろ慌ただしいけど、でもその日常が楽しいと思えるよ」


 いまさら照れくさくて言えないが、この際だから言っておくことにした。


「深波、今までこんなダメなお姉ちゃんを支えてくれてありがとね」


「な、なんなの、いきなり。別にお姉ちゃんが頼りないのは昔からでしょう?別にダメじゃないけど」


「うん。でも、この件で私、深波に今までどれだけ頼っていたのか気付かされたの。そろそろ、私も妹離れをしなくちゃいけないなって。今回の彼らの離婚騒動は、そのいい機会になったのかなって」


 コミュ障で人見知りであった私は、頼れる人間と言えば妹の深波くらいだった。あの男の件があってからは、両親は頼れなくなった。ただ一人の頼れる人間として、妹にはずいぶんと迷惑をかけてきた。


 妹の反応をうかがうと、なぜか顔を真っ赤にしてぶるぶると小刻みに身体を震わせていた。言葉を発せないほど私の発言に怒っているのだろうか。いまさら何を言っているのだと、呆れてものも言えないということか。


「お、おねえちゃんの」


 ようやく言葉を発したと思ったのに、なぜか途中で言葉が止められる。先を促すように頷くと、一気に話し出した。


「お姉ちゃんのばかあ!そんな顔、私に見せないで。いかにも幸せオーラ全開で、悟りでも開いたかのような顔はやめて!」


 わああと机に突っ伏して、その後もなにやらぶつぶつとつぶやいている。


「お姉ちゃんがREONAさんにとられた……。私のお姉ちゃんだったのに。私が一番のお姉ちゃんの理解者だったのに……」


「ええと」



「ブーブー」


 なにやら落ち込んでいる妹に、なんと声をかけようかと迷っていると、カバンに入れていたスマホが振動した。妹は未だに机に突っ伏したままなので、そうっとカバンからスマホを出して、連絡してきた相手を確認する。


「REONAさんだ」


「REONAさん!」


 彼女からメッセージが一件入っていた。今日は妹と会う予定だと伝えていたが、何の用事だろう。


「貸して!」


 深波はREONAさんからのメッセージと聞くや否やガバッと机から顔を上げ、私からスマホを取り上げた。勝手にメッセージを読まれてしまう。一応、スマホにはロックをかけてあったが、当然のように妹に解除されてしまった。


「なになに。うっわ。めっちゃあまあま。うわあああああ。ないわあ」


 そして、読むだけ読んだのか、私にスマホをポンと投げ返してくる。慌ててスマホをキャッチして、私も彼女からのメッセージを確認する。


『妹さんと話がはずんでいることと思いますが、あまり長居はしないでくださいね。妹さんには妹さんの家庭があります。今は私たちがあなたの家族ですからね。ちなみに今日の夕飯は沙頼さんが好きなすき焼きですよ。お肉を奮発して買っちゃいました!』


 季節は流れ、もうすぐ柚子が高校に入学してから一年が経つ。柚子と翔琉君は四月から高校二年生になった。時が経つのはあっという間だ。


 ちなみにREONAさんたちと一緒に暮らし始めてから、三カ月になる。神永夫妻の離婚報道がなされたのが去年の十二月で、あれからすぐにREONAさんが彼女と息子の翔琉君、私の三人が住めるようなマンションを購入した。


『本当は、私たちのマイホームを建てたかったのですが、すぐにでも一緒に住みたかったので、マンションにしました。これからは、私があなたを幸せにします!』


 REONAさんの言葉が頭によみがえり、恥ずかしくなってしまう。


「お姉ちゃんの顔、真っ赤だよ。はあ、もういいや。さっさと家に帰りなよ。もうすぐ、うちの双子が帰ってくる頃だから」


 顔が赤いと指摘されて、頬を触ってみるが、触っただけでは赤くなっているかはわからない。スマホカバーについているミラーで見てみると、深波の言う通り、かすかに頬が赤らんでいた。


「う、うん。深波の言う通り、家に帰るね。また、会ってもいい?嫌なら電話でも」


「別に今まで通り、何かあってもなくても連絡くれればいいし、直接会いに来てもいいよ。妹であるのに変わりはないからね」


 先ほどまでの慌ただしい気分の変化はなくなり、穏やかな顔で私の帰宅を促したい妹に感謝して、私は彼女の家を後にした。


 私の帰りを待ってくれる、私の新しい家族の家に。


「ああ、それと今日はそっちに柚子が夕食を食べにいくからよろしく!」


「わかった」


 どうやら、私の家に、今日は可愛い来客が来るようだ。

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