第35話 離婚騒動
「いよいよ発売ですね!」
「ありがとうございます」
十五年前の続編として執筆した私の小説が、いよいよ一週間後に販売されることになった。発売前から、あの男たちが携わったCMはネット広告や店頭で流されている。
先日、あんなことがあっても、普通に彼らが携わったCMが世間に流れていることがなんだか不思議な気分だ。彼らの夫婦生活など、世間にとって大したことはないのだと思わされる。そもそも、離婚の話はまだ確定ではないので、話題にならないのかもしれない。
そう思っていたが、担当編集者の発言にそうでもないことを知らされる。
「神永夫婦、離婚したみたいです。今、SNSで話題になっていますよ」
「はあ」
私は出版社に顔を出していた。無事に続編の小説も発売されることになった。その報告と、他に私に知らせたいことがあったらしい。メールで詳細を連絡してくれればいいのに、出版社に来て欲しいと言われたので仕方なく出社していた。私と編集者の加藤さんは会議室のテーブルに向かい合って座っていた。
どうやら、彼らが離婚したことを私に直接伝えたくて出版社まで呼びつけたらしい。彼女は私の反応が薄いことに驚いていた。
それにしても、SNSは見ているが、そんなニュースがネットのトレンドにあがっていただろうか。
「もしかして、知っていました?それとも、ありえなさ過ぎて嘘だと思っています?昨日の夕方、神永浩二の方が事務所に離婚を伝えたそうで……」
急に声を潜めて話し出す加藤さんだが、すでにSNSで話題になっているのなら、すでに世間に出回っている情報となる。わざわざ声を潜めて話す必要はない。
道理で彼女から昨日の夕方に突然、「出版社に来てください」と連絡があったはずだ。私が知らないのも頷ける。しかし、私に連絡もなしに突然、離婚のことを発表したことが気に入らない。私の家で彼らの離婚の件に決着がついたといっても過言ではないのに、なんだかすっきりしない。あの謎のやり取りからすでに一週間が経過している。その間に離婚届を提出したことになる。
「それで、離婚の発表に際して、ある驚きの事実が世間に伝えられました。世間はそのことで大盛り上がりですよ!なんだと思いますか?」
私の反応の薄さにも気にせず、担当編集は得意げに彼らの離婚情報を披露する。
「彼らの離婚理由が、奥方のREONAさんの方にあったみたいですよ!」
「REONAさんの方に、ですか」
「そうなんです!どういうことかと言いますと……」
「はああああ!」
「どうしたんですか?急に大きな声を出して。ていうか、REONAさんの好きな相手って誰なんでしょうね。好きな相手が女性というのも気になりますね」
話を聞き終えた私は、彼らの離婚の影響が私に押し寄せてきそうな予感に、思わず大声を出してしまった。その際に意味深な視線を向けてきた加藤さんに気付けなかった。
REONAさんに好きな人ができた、という理由で離婚なら別に構わない。人間、いつまでも同じ人を好きでいるという保証はない。しかし、その好きな相手というのが自分だとしたら、話は変わってくる。とりあえず、REONAさんが私の名前を口にしていないだけまだましだと思うことにする。
「REONAさんのことだから、きっと、お相手の彼女も芸能人か何かで、一般人ではないでしょうね。ええ、絶対に一般人じゃありません。私みたいなアラフォーの一般人では絶対あり得ません!」
「私は別に彼女のお相手が誰かなと言っているだけで、先生のことは口にしていませんよ」
REONAさんの好きな相手が自分だとばれるのを恐れて、思わず自分ではないことを力説してしまったが、これではまるで自分が彼女の好きな相手だと言っているようなものだ。口は災いの元である。
「REONAさんの好きなお相手が『女性』だというのは、衝撃でした。先生はREONAさんの好きな相手が女性だと知っていたんですか?それとも、REONAさん本人から相談がありました?」
自らの発言によって、墓穴を掘ってしまった私は、担当編集者に彼女の好きな相手を問い詰められる。誰かと言われて自分だと答える人間はいない。にやにやと笑う編集者が気持ち悪い。
「そ、そうなんですよ。ほら、加藤さん、REONAさんに私の連絡先を教えたでしょう。私は曲がりなりにも作家だから、こういう時どうしたらいいかと相談されまして」
何とかそれっぽいことを口にするが、相談されたのは本当なので、丸きり嘘でもない。
「じゃあ、お相手のことも聞いたのですか?いったい、あの小悪魔と呼ばれた彼女に好きと言わせる女性とはいったい誰なんでしょうね?そもそも、彼女はあの超有名声優の神永浩二という男と結婚したのに、実は女性が好きだったとは……」
私の回答の何に興味がわいたのか、編集者が席を立つ勢いでぐいぐいと詰め寄ってきたので、慌ててその顔から逃れようと腕を前に突き出す。
あのREONAさんに好きだと言われた本人だが、いったい私のどこに好きになる要素があるというのか。こっちが聞きたいくらいだ。
「あのう、加藤さん。話って彼らの離婚騒動だったんですか?それなら、私、やらなくちゃいけないことがあるので、帰ってもいいですか?」
「えええ、もう帰ってしまうのですか?もっと彼らについて話し合おうと思っていたのに」
「加藤さん、あなたまだ仕事の最中でしょう?こんなところで油を売っている暇はないと思いますけど」
こんなことのために呼びだされた私の時間を返して欲しい。彼らの離婚を教えてくれたことはありがたいが、そんなことはいずれわかったことだ。
「じゃあ、じゃあ、本題に入りましょう。先生が今執筆中のお話について、少し聞きたいことがあるのでした」
どうしても私と話がしたいようで、無理やりと言えるがなんとか仕事の話を取り上げてきた担当編集者に、仕方なく付き合うことにした。
私たちは出版社の会議室を借りていた。担当編集者の強引な引き留めが気になったが、仕事の話をしている内にそんなことも忘れ、私たちはそれから一時間ほど仕事の打ち合わせに励むのだった。
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