第26話 神永家族
「まって、僕はあなたに話したいことが」
「追わないでください。お姉ちゃん、いえ姉は今日、あなた方お二人に会って、動揺しているのです。あなた方と姉に何があったのかは知っています。姉があんなに動揺することはめったにないんですよ。それこそ、十五年前のあの時くらいです」
「ですが」
「浩二さん、今日はあきらめましょう」
「沙頼さん、大丈夫かな」
「沙頼さん……」
私が高校から離れた後、あの男は私を追いかけようとしていたらしい。そして、それを止めたのは深波で、彼女のおかげで私は無事に家に帰ることができたようだ。とはいえ、深波だけでなく、REONAさんも男の行動を止めてくれたらしい。
『感謝しなさいよ。私が止めなかったら、お姉ちゃん、あの男に追いかけられていたんだからね』
「すみません。この度は大変お世話になりました」
『本当よ。それにしても、お姉ちゃんはずいぶんとあの家族に愛されているわねえ。お姉ちゃんがいなくなった後、神永夫妻はともかく、柚子や翔琉君をなだめるの、大変だったのよ』
体育祭当日は、さすがに妹に電話をするのはためらわれた。私のせいで、いろいろ迷惑をかけた自覚はある。夕方目を覚ましてすぐにスマホを確認したが、特に私宛に連絡は来ていなかった。そのため、次の日の朝、私から謝罪の意味も込めて、深波に電話を入れた。
そうして、私は今、深波から昨日のことを聞かされていた。神永家族に愛されているとはどういうことだろうか。
「愛されているって、そんなわけないと思うけど。だって、私って、あの家族からしたら、ただのあの男の不倫相手で、会ってもデメリットしかない女でしょう?どこに愛され要素があるのかわからない」
『わかってないなあ』
「何が?」
私の言葉に、電話越しでもわかるくらいに呆れた調子で言葉が返ってくる。意味がわからず聞き返すと、妹は素直に理由を教えてくれた。
『どう考えても、不倫相手にとるような態度じゃなかったでしょ、あの家族。男の方はちょっとやばい系かもしれないけど、REONAさんと翔琉君は、本気でお姉ちゃんの具合を心配していたし、会えてうれしそうだったでしょう?』
「そうだったかな」
『そうだってば。ていうか、そんな話をするために私に電話してきたわけじゃないでしょ。これからどうするつもりなの?この質問、すでに今年に入って何回目かよって感じだけど』
「私は……」
深波との電話を終えて、改めて今後のことを考える。最近、今後のことを考えることが多い気がするが、考えている割に、大したことが思いつかない現状がもどかしい。結局のところ、自分はこれからどうしたいのかがいまだにわからない。
「すでにあの家族には、私の秘密がばれているし、柚子にも私のことがばれている。後は私がどうしたいかが問題なんだよねえ」
いったい、どうしたら今まで秘密にしていた問題が平和的に解決するだろうか。
ブーッ、ブーッ。
答えの出ない問題に頭を悩ませていると、突然、スマホが振動を始めた。慌てて誰からの電話か確認すると、見知らぬ相手からだった。
「出るべきか、出ないべきか」
このタイミングで見知らぬ相手からの電話。おそらく、間違い電話ではない。私の直感が出るなと言っている。私に用事があってかけてくる人物で、私が登録していない人物が一人だけ存在する。
「もしもし。秋葉ですけど」
『良かった。出てくれました。僕です、神永浩二です』
「私はあなたに話すことはないですけど」
『僕にはありますよ。15年前のことで話したいことが』
ツーツー。
十五年前というフレーズを聞いたとたん、無意識に通話を終了させていた。
「思わず、切ってしまった……」
話すことがないなど嘘である。むしろ、あの男には聞きたいことが山ほどある。それなのに、いきなり電話を切ってしまった。やはり、私にとって、あの男は過去の男ではなく、いまだに忘れられない男なのだろうか。
ピンポーン。
電話を切ってしまった自分の行動に呆然として、インターホンが鳴っている音に気付くのが遅れてしまった。
ピンポーン。
居留守を使っていると思われているのか、再度、インターホンが鳴らされる。インターホンの画面を見ようと身体を動かすが、腰が抜けてしまって動けない。よほど、あの男と電話に動揺しているのだろう。
宅配を頼んだ記憶はないし、締め切り間近の原稿もなかったはずだ。そうなると、いったい誰が私に用があるのだろうか。
ブーッ、ブーッ。
「メッセージ?」
インターホンが三回鳴らされることはなく、その後スマホにメッセージが一件送られてきた。内容を確認するためスマホの画面を開くが、すぐにスマホを閉じて、ベッドに放り投げる。
『さっきはいきなり電話を切られて驚いたよ。落ち着いたら、また連絡してもいいかな』
あの男からのメッセージだった。さすがに電話を強制的に終了させたことを謝罪しないのは後味が悪い。とはいえ、あの男と連絡を取りたくはない。
ブーッ、ブーッ。
また、スマホが振動し始めた。今度は誰だろうか。メッセージの後すぐに男が電話をかけてきたのか。恐る恐る投げ出したスマホを確認すると、ほっとした。
「もしもし、深波?」
『もしもしじゃないんだけど。いろいろあって、いま、お姉ちゃんの家にREONAさんと翔琉君が向かっているの!もうついているかもしれないけど、念のため連絡したんだけど……』
「えっ!」
急いで電話を切って、インターホン画面を確認する。そこには二人の親子が映っていた。インターホンの録画時刻を確認すると、すでに五分以上が経過していた。私がいないとわかり、その場を去ってしまったかもしれない。慌ててマンションの一階まで降りるがやはり、彼らの姿は見当たらない。
自分の部屋に戻り、スマホに何かメッセージが残されていないかと探してみると、一つのメッセージが残されていた。
『今日、もしよろしければお話しできませんか?先ほど、先生のマンションを訪れたのですが留守でした。先生にも仕事の都合などあると思いますが、至急、会って話したいことができました。先日の体育祭でのお詫びもかねて、私の家に先生をご招待したいと思いますので、このメッセージを確認後、なるべく早めにご連絡ください』
「至急、会って話したいこと……」
スマホをよく確認すると、不在着信が入っていた。ちょうど、あの男から電話がかかってきた時刻と同じだった。
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