第21話 有名夫婦

「ねえ、あの人ってさ、もしかして」


「ええー。まさかの本物?」


「だってさ、神永浩二の息子がうちの学校に通っているでしょ。だから……」


 私たちがその場で話していたら、体操服姿の女生徒たちがやってきた。柚子に話しかけると思っていたが、彼女たちはあの男の姿を見るなり、急に色めき始めた。


「親父。どうして来たんだよ。仕事で忙しいはずじゃなかったのか?」


「息子の雄姿を見たくて、スケジュールを変えてもらった。急ぎの予定じゃなかったから、融通が利いたんだ」


 どうにも険悪な仲の親子二人の様子をはらはらと見守っていると、深波に袖を引かれる。


「ねえ、私たち、注目されているんだけど」


「確かにそうみたいだね。私たちだけ、この場をおさらばしてみる?柚子と翔琉君はそろそろ校庭に集合した方がいいみたいだし」


 このまま二人の様子を見守っている場合ではなさそうだ。どうやって穏便にこの場を立ち去ろうか。私が考えている間に先に柚子が行動を起こした。


「ごめんね。ちょっと親と話し込んでいてさ。ほら、翔琉。生徒はそろそろ校庭に集合しないと」


「ああ、柚子、そこにいたんだ。そろそろ集合時間だよ」


 女生徒たちの方を振り向き、慌てて彼女たちに謝罪する柚子。そのまま、翔琉も引き連れて、興奮が冷めない彼女たちを無理やり校庭に向かわせた。翔琉君は柚子に手を引かれながらも後ろを振り返る。


「親父、もう帰れよ。自分の人気ぶりを知らないわけじゃないだろ?自分のせいで、息子の体育祭を台無しにするつもりかよ」


「私は別に台無しにするつもりなど……」



「……。さて、これからどうします?」 


 高校生たちがいなくなり、その場には大人のみが残された。しかし、悠長に話している状況ではなくなった。次々と保護者たちが学校に集まってきた。校門横にいる私たちを一目見て、特に気にすることなく校庭を目指す保護者も多かったが、あの男の姿を見て、立ち止まる保護者も一定数存在した。一人が立ち止まると、何事だろうと他の保護者も立ち止まる。そうして、私たちの周りは人で囲まれていく。


「仕方ないですね。とりあえず、翔琉が出るのはまだ先みたいだから、時間までは外で過ごすことにします」


 にっこり外面の笑みを張り付けて、あの男は集まってきた保護者達ににっこりと微笑みかける。微笑みかけられた保護者達はうっとりとその笑顔を見つめている。


「すいません。用事を思い出しましたので、そこを開けてもらえませんか?」


 見つめる保護者たちに、普段仕事で使っている色気ある声を使って、あの男はその場から離れられるよう、保護者の女性たちに道を開けてとお願いする。


「私たち、神永さんのファンです。親子ともにファンなんです。ぜひ、お話を」


「あ、握手してください!」


「しゃ、写真を一緒に」


 道を開けてくれとお願いしたのに、彼女たちは一向にその場を離れる気配を見せない。その上、用事を思い出したと言っている男に、自分たちとの時間を割くようにお願いしている。ファンとは恐ろしいものだ。他人の話を聞かなくなってしまったら、それはファンではなく、ただの迷惑な人間だ。さらに悪いことに。


「あの、歌手のREONAさんですよね?最近、活動を再開したようでとてもうれしいです。あの、もしよろしかったら、一緒に写真を」


「私もお願いしても」


 あの男のファンだけでなく、REONAさんのファンまで現れ始めた。こうなってしまったら、ここから離れるのがさらに困難だ。


「用事があると言っているみたいですよ。あなた方の要求は、彼がまた戻ってきたらお願いしたらいいと思います。そうしないと、彼から嫌われてしまうと思いますけど」


 しかし、このままこの場にあの男が留まるよりはましだ。しぶしぶ彼女たちと男の間に割って入る。私のことはさすがに知らないのか、突然の見知らぬ女性の登場に、彼女たちは戸惑っていた。しかし、そんな戸惑いは無視して、男を校外に連れ出すことにする。男の腕を掴もうと手を伸ばすが、途中で止められる。


「私の旦那が申し訳ありません。今日は息子の応援に来たので、またこちらに戻ります。その時にサインなどを要求してください。私に関しても同様です」


 REONAさんが私たちの前に出て話し出す。そしてそのまま、男の腕を私に変わって引っ張り、校門の外に向かって歩き始める。


「私は柚子の応援に行くね」


「わかった。私は彼女達の後を追って、話をしてくる」


 私はあの男とREONAさんの後を追ったが、妹は保護者達と同じ方向に進み始める。


 ちらりと後ろを振り返ると、自分の子供たちの雄姿を見るという目的を思い出したのか、あの男やREONAさんに迫っていた保護者たちは急いで校門に入り、校庭に向かう姿が確認できた。REONAさんの圧に負けたのか、私たちを追ってくる者はいなかった。


「これからどうしましょうか?ああいった手前、すぐに校内に入るのは決まりが悪いというか……」


「私は翔琉たちの元に戻ります。私は何度か校内に入っているので、ファンの方もそこまで執拗に私のことを追いかけないでしょう。これは良い機会です。あなたと先生、二人きりで話してみたらどうですか?先生に伝えたいことがあったと言っていましたよね」


「いや、別にそんな大したことではないよ。ほら、先生も応援に来たのだろう?邪魔しちゃいけない」


「別に構いませんよ。私に子供がいないことは、あなたもよくご存じでしょう?ちょうど、あなたと話したいことがあったのは、私も同じですから」


 REONAさんは、気を利かせてくれたのか、それとも、依頼を遂行しろということなのか。私にあの男を丸投げしてきた。断ってもよかったが、せっかくの機会なので、活用させてもらうことにした。


 私とあの男は学校から離れ、REONAさんは再び校内に向かった。

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