ラノベ作家と有名声優が犯した一夜の過ち
折原さゆみ
第1話 一夜の過ち
私の職業は小説家だ。小説投稿サイトで小説を執筆していて、あるコンテストに応募して、見事入賞を果たした。書籍化を果たし、今の小説家という地位を手に入れた。人気が出ないと打ち切りになる世の中、幸いにも私の作品に多数のファンがいてくれて、何とか小説家という仕事にしがみつけている。
幸運は続いて、人気が出た私の初の書籍は続巻も出され、あれよあれよと人気がうなぎ上りになり、コミカライズもされて、最終的にアニメ化までたどり着いた。その時は、幸せの絶頂期だったのではないだろうか。
しかし、その幸せ絶頂期の中、あんなことが起こるだろうことは、思わなかった。自分自身、今考えても信じられない。
アニメ化が決まり、原作者である私は浮かれていた。アニメに欠かせないのが声優だ。私は小説を自分で執筆する前から、アニメが好きだった。深夜アニメは大抵のものは録画して視聴していた。その中で、声優というものに興味を持つのは特段不思議なことではない。
声優の多彩な演技、色のある演技に魅了された私は、ある一人の男性声優に一目ぼれした。外見ももちろんだが、声が私の好みにドンピシャだった。彼は、アニメでは悪役が多かった。男性にしては少し高めの声だが、その中にかすかな色気を含んでいて、悪役を魅力的にさせていた。彼が悪役に声を吹き込むことで、悪役が魅力を増し、私は悪役であるにも関わらず、彼の演じたキャラを応援することが多くなった。
そんな中、私のアニメ化作品の声優陣が発表された。配役が発表されると、私は夢でも見ているような気分になった。
作品中の悪役の声優に、私が一目ぼれした彼が採用された。私としても、彼に悪役をしてもらったら、自分の作品が更に面白いものになるだろうなとは考えていたが、それが本当になるとは思っていなかった。
決まった瞬間、何度も確認してしまった。しかし、それは本当だったようで、さらに驚くことに、彼の方は私の作品のファンだったらしい。アニメ監督がわざわざ私に教えてくれた。
私の作品はアニメ会社に恵まれ、彼を含めて声優陣にも大変恵まれていて、アニメ化は大成功に終わった。何度も言うが、ここまでが私の幸せの絶頂期だったと思う。
その後は、何とも大変なことになることを当時の私は知る由もなかった。
「アニメ完成、おめでとうございます!乾杯!」
私は、アニメが無事放映されたことを祝うための場に、原作者として呼ばれた。そこにはアニメ会社の皆さんや、出演した声優さん、そのほか、アニメ化に携わってくれた出版社などの人が集まった。居酒屋を貸し切り、大いに盛り上がった。
「浅羽先生、楽しんでいますか?」
普段、お酒をあまり飲まない私は、その場にいる彼らのアニメ化までの苦労や、制作現場での話を聞きながら、ノンアルコールを口にしていた。そんな時、声をかけてきたのが彼だった。
「え、ええ。普段だったら縁のない人たちと話すことができました」
「そうですか。僕もあなたと話すことができて良かったです」
「そういえば、神永さんが私の作品のファンだって聞いたんですけど……」
思い切って、神永さんに自分から話題を振ってみることにした。監督が言っていたことが本当か半信半疑だった。こんな有名声優が自分の作品のファンだとは、にわかに信じ難かった。それでも、本当に自分の作品のファンだったら、素直に嬉しいなと思った。
神永さんは一瞬、目を丸くして驚いた表情を見せていたが、すぐにいつも通りの真顔に戻り、にっこりとほほ笑みながら、返答してくれた。
「監督が話したんですね。本人を前にそんなことを言われると、恥ずかしい限りです」
「いえ、私の作品を好きになってくれる人が一人でも多いのは、作者冥利に尽きます。それが、超人気声優の神永さんなんて、うれしすぎて現実味がない感じです!」
「そう言ってくれると、私もうれしくなります。そうだ、浅羽先生の作品について、語りたいことがたくさんあるんです。この描写はどんな気持ちで書いていたんだろうとか、どんな意図で書いたんだろうとか、伏線の入れ方とか、もし、本人に会える機会があったら、ぜひ聞いてみたかったんですよ!」
遠くで、「またやってるよ、神永の奴。男性慣れしてない女性口説いてる」「ああ、いつものあいつの悪い癖だな」「でも、アニソン歌手のあの子と同棲中で婚約間近だって」という、不穏な会話をしている男性陣の話は、残念ながら、私の耳には入ってこなかった。目の前の彼のイケメンな笑顔にほだされてしまい、私はまんまと彼の餌食となってしまった。
まぶしいくらいの笑顔で、自分の作品について語りたいと言われれば、私の答えは一つしかない。つまり、話をぜひ聞きたいという返事だった。
「ここではゆっくりとお話しできませんから、これから二人で飲みなおしませんか?もちろん、誘っているのは僕なので、僕のおごりです」
「そんな、そこまでしてもらっては申し訳ないです」
「僕が話したいから、誘ったんです。ここは、男の僕を立ててくださいよ」
私はお恥ずかしいことながら、これまで生きてきた人生で、男性とお付き合いしたことがなかった。彼氏というものがいたことがない。男性とつき合った経験がない、恋愛偏差値ゼロの干物女に、超有名声優の誘いはまるで甘い蜜、禁断の果実のようだった。頭では、私なんかが相手にされるはずがない。彼の周囲の人間にはいない、面白そうな女性だから、からかっているだけだと、警告を鳴らしていた。
「そこまで言うのなら、おごっていただきます」
しかし、そんな頭の中の警告よりも、禁断の果実をかじりたいという欲求には抗うことができず、私は彼の誘いに応じ、祝賀会の二次会に参加せず、二人きりで飲みなおすことになった。
彼が誘ってくれたのは、こじんまりとしたおしゃれなワインバーだった。私だったら、店に入るのに躊躇するような店だったが、店の中に置かれたたくさんのワイングラスを見て、あることを思い出し、正直に告げた。
「あ、あの、誘ってくれて申し訳ないんですけど、私、実はお酒があまり得意ではなくて」
「ああ、確かに一次会ではあまり飲んでいませんでしたね。ですが、ここのワインはとてもおいしいんですよ。一杯だけでもどうですか?」
私が飲んでいないことを見ていたのか、彼は一杯だけでもどうですかと勧めてきたため、仕方なくおススメを教えてもらい、一杯だけ付き合うことにした。
一杯だけで泥酔するほど酒に弱いわけではないので、私にと勧められたワインをちびちびと飲み進めながら、彼の言っていた私の作品への話を聞くことにした。しかし、彼はそこで急に態度を変えて、作品ではなく、私の私生活について質問を始めた。
「じゃあ、浅羽先生は今、彼氏などはいないということですね」
「お恥ずかしながら、今までに男性とつき合ったことはありません。笑ってしまいますよね。神永さんはモテますから、たくさんの女性とお付き合いがありそうで、少しうらやましいです。今も、アニソン歌手のREONAさんと同棲中だとか」
ほろ酔い気分で、彼からの問いに正直に答えてしまう。そんな私の答えにうっすらと悪い笑みを浮かべていることを私は知る由もなかった。
「今日はもう、遅いですけど、家はどちらですか?」
それからも、彼は私にたくさんの質問をして、それに対して私がバカ正直に答えていくということの繰り返しだった。おかげで、私のことはだいぶ彼に知られてしまった。話し込んでいるうちにだいぶ時間が過ぎてしまったようだ。彼から時間を告げられ、スマホで時刻を確認すると、確かに深夜に近い時間となっていた。さすがにそろそろ家に帰った方がいい。
「ええと、ここからそこまで遠くはないので、タクシーでも拾って帰ろうかと」
「では、私も途中までご一緒しましょう」
私の言葉に彼が答え、途中まで一緒にタクシーで帰ることになった。
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