第3話
アイダは神殿騎士に連れられて食堂に戻ると、既にクラス分けが終了したのか、食堂は閑散としていた。そこで残っていたひとりが慌てて泣きべそをかきながら走ってくる。
「アイダ! 大丈夫だった!? 悪いことされてない!?」
チェルシーはアイダに抱き着いてきたのに、またしてもボロッとアイダは涙を溢した。
「……怖かったです。反省室って暗いし、鱗粉入りの瓶以外明かりがないし……知らない人が天井から落ちてくるし」
「なにそれ」
チェルシーはアイダの手を引いて、教室に案内してくれた。どうも同じクラスに割り振られたようだった。
アイダはひとりで泣きながら反省室で座っていたら、天井から人が降りてきて慰めてくれたこと、ビスケットとハンカチをくれたこと、ハンカチを洗って返したいことを話すと、だんだんチェルシーの表情が明るくなってきた。
「それって、つまりは恋ね!」
「……そうなんですか? 私、ここに来るまで同年代の人に会ったことなかったんですけれど」
エリオットのことを頭に思い浮かべた。怖い物知らずで校内を探索し、なにかを探していた。絶賛反省室送りになったアイダを見かねて声をかけてくれたあたり、悪い人ではないのだろうが、結局はなにを探しているのかは入学したてで右も左もわかっていないアイダではさっぱりわからなかった。
チェルシーは「うんうん」と頷いた。
「だって、普通は神殿騎士に目を付けられた人に、わざわざ声をかけたりしないわよ。私は普通にあなたが辺境出身だって知ってたから、神殿に逆らうつもりがないってわかるけれど、神殿に逆らうと怖いって人は多いんだから」
「……そうなんですか? 奏者を送ってくれるから、てっきりいい組織なのかと」
「だって、アイダの故郷には神殿がないから理解できないかもしれないけど、あそこっていちいちほんっとーに細かいのよ?」
チェルシーはきょろきょろと辺りを見回した。
アイダのクラス分けを見てくれた神殿騎士も持ち場に戻ってしまい、今はいない。他の神殿騎士たちも同様だ。おそらく付属の騎士団の詰め所へと戻ったのだろう。
廊下を歩いているのは、既にケープをもらった学生ばかりだ。
神殿騎士のように白いケープは奏者科のもの。
エリオットが着ていた黒いケープは職人科のもの。
真っ白な校舎の中でひと際華やかなワイン色のケープは作曲科のもの。
それらを何気なくアイダは視線で追っていたら、隣にいるアイダにしか聞こえない声で、そっとチェルシーが言った。
「うちの国、神殿が国を治めているから。神殿に逆らうってことは国に逆らうってこととおんなじなのよ。だからアイダの故郷のように領主が逃げ出すようなことだってあるのね」
「……そこまで、大変なことだったんですか?」
「アイダの故郷がなんでか元気なのだって、奇跡に等しいんだからねっ? 普通はあーりーえーなーいーかーらー!」
そう言いながらチェルシーにツンツンと指で頬をつつかれまくり、アイダは「イタイイタイッ!」と悲鳴を上げる。
アイダにとって、神殿がなく、奏者になれば皆が幸せになれるんだろうと、そればかり考えていた。そもそも神殿がないのが当たり前の環境にいて、自分や母が歌えばなんとかなるという状況だったのが日常だったため、そんなもんだと思っていた。
それがあり得ない話だというのは、チェルシーやエリオットに聞いて初めて知った。
(お母さん、きっと大変だったんだろうな。故郷の皆を守るの)
神殿から奏者を派遣してもらえるほどの寄付金を賄えない以上、自分たちで歌うしかない。精霊に感謝を捧げる歌を。作曲すら神殿に許可を得なければ駄目なこの国では、自分たちで勝手にアレンジを加えた歌を歌うことがどれだけ危険か、母も知っていただろうに。
アイダは母に感謝した。
(私頑張るよ、ちゃんと歌って。皆を守れる立派な奏者になるから。寄付金がなくっても大丈夫なように)
そう彼女は小さく決意をしたのだった。
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