星の嘘 : Plan B

見咲影弥

Prologue

 「おしゃれなこと、してみない?」



 放課後の教室にて。彼が私にだけ聞こえる声で囁いた。そんなに小さな声で言わなくたって、誰も聞いていないのに。私の机に肘をついた彼は僅かに笑みを讃える。傾いた陽の光で彼のメガネが束の間きらりと光った。レンズの向こう側にある真っ暗な瞳から腹のうちは伺えない。

「おしゃれなことって、なに?」

「たとえば、逃避行」

私を試すような口ぶり。逃避行――現実味のない言葉だった。でも、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。彼もきっと、私が網にかかるのを望んでいるはずだ。


「いいじゃん、それ。楽しそう」


動揺を悟られないよう、いつものように軽い口調で返す。


「一緒に、ここから逃げよう」


彼の瞳は、まっすぐ、私を捉えていた。彼は、本気だ。

もし、彼じゃなかったら、私は多分笑っていた。そんな映画みたいな、とか。君って案外ロマンチストなんだね、とか。できの悪い愛想笑いを浮かべて、茶化す筈だった。でもそんな目で見られたら、生半可な気持ちで答えられない。答えちゃいけないと思った。

彼の前で誤魔化す必要なんてなかった。


「おしゃれなこと、したい」


はっきりと、彼にそう告げた。綺麗なことかどうかなんてどうでもよかった。ただこのちっぽけな世界から逃げ出すことができるなら、それでよかった。おしゃれにならなくたっていい。それでもいいから、ここじゃないどこか、遠くへ行きたかった。

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