未来から来た男

やざき わかば

未来から来た男

 ある研究所の一角、『研究室A-3』での出来事。


 その部屋の空間が突如裂け、中から男が現れた。男は汚れ、服は傷んでいたが、見目は悪くなく、頭も良さそうだった。所員たちはわけがわからなくも、その男を風呂に入れ、身なりを整えてやり、食事を与え、十分な休息を取らせた。


 その男も当初は混乱し、取り乱していたが、今は落ち着いたようで、冷静になっている。男の話す言葉は、ところどころ妙なイントネーションやわからない単語が入るが、概ねこちらと変わらず、コミュニケーションは問題なく取れた。


「今は西暦何年の何月だい?」

「2025年の8月です」

「私は、2132年の9月から来た。いいかい。もし私の時代の文献が正しければ、2025年の9月と10月、大きな災害が立て続けにA国を襲う。だが、奇跡的に人的被害は少ないはずだ」


 果たして、男の言う通りになった。


 「これは本物だ」と色めき立つ研究所。だが、男は来たときから周囲をキョロキョロとし、目を輝かせている。おそらく、消えた文明に興味が深々なのだろうと、特別に外出を許可した。もちろん、数人の所員を付き添わせてのことである。


「あれはなんだ?」

「あれは飛行機と言います。エンジンを使い、空を飛びます」

「あれは?」

「あれは自動車。あれもエンジンとガソリンを使って、道を走ります」

「これは?」

「これは本。紙というものに、インクで文字を書き、後世に残します」


 興奮気味に質問を重ねる男。よっぽど、古いものが興味深いのだろう。当然だ。我々が例えば、戦国時代に戻ったとしたら、彼と同じような質問を繰り返すはずだ。


 現代人が、自分よりも古い文明を知るには、事実を書いているのかどうか、断言出来ない書類や言い伝えしかないのだ。写真ですら、修正のあとが見えるのである。どこまでが本物なのか、過去にタイムリープして確認するしか、その真偽を測るすべはない。


「貴方方の時代では、本などは存在しないのでしょうね」

「ああ。本どころか、紙が存在しないな」

「やはり、私たちの時代よりも発達した、電子の技術で全てを賄えているのですね」


 所員は希望と羨望をもって、語りかける。


「いや? そんなものもないぞ。文献は粘土板に掘られている」

「は?」


 ちょうどその時、別の所員が現代の武器や兵器を紹介する番組を、PCで流していた。


「ああ、こういう武器があれば、俺たちも隣村に勝てるんだがな」

「すみません。お聞きしたいのですが、貴方方は何をもって戦っているのですか?」

「石や棍棒だ。しかし、この時代は凄いな。まさか私の時代よりも百年も前の文明が、ここまで進んでいるとは」


 所員がざわめく。彼は確かに未来の人間であるはずだ。その証拠に、災害を言い当てた。それ以外にも、我々の時代では到底知り得ない、未来も言い当てていたはずだ。


「全て、文献で読んだことだ。私は裕福な家庭の子供だったからな。そうだ、偉大な予言者として、君たちの時代に生きていた人物の名前も載っていた」


 未来から来た男は、何故か少し誇らしげな顔をして、言う。


「その名前は、アインシュタイン。どうだい、聞いたことはないか? 私は少し、胡散臭い占い師だな、と思っているのだが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来から来た男 やざき わかば @wakaba_fight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ