第98話 案内

 蓮は広瀬に弓道場に案内された。案の定、若い蓮の姿を見て人が驚いた。


 蓮は中学校の制服を着ていた。髪は肩より少し上で一直線に切りそろえていた。真っ黒な後ろ髪が強い秋風にたなびいている。


「驚きました。蓮さまは若い女性だったのですね」と門人の一人。


 広瀬が周知しておいたせいだろう、門人たちから丁寧な対応をされた。


 弓道場は結城神社の脇にあり、道場主は神主を兼ねることになっている。だが、女性は神主になれないので、兄が神職を、妹の広瀬律子が道場主を務めている。


「若いと聞いていましたが、中学生ではありませんか」と甥の隆志が渋い顔をした。「神事なのですよ。」


「蓮さまは卓越した武道家です。だからお招きしました」と広瀬。「決して失礼の無いように。」


 他の門人たちが信じられないという顔をしている。


 門人が順に射場に出て、射を奉納した。終盤に年かさの高弟ら、そして広瀬が出て終わった。その後、蓮が射場に入り、十射して皆中だった。


「射形、体配ともに申し分ない。すばらしい射だ。」


 儀式が終わった。


 食事が振る舞われた。広瀬から世話をする役に千代という少女を紹介された。高校2年生というから、蓮より二学年上である。中高年ばかりの会食で気詰まりだろうから、話し相手にという心遣いらしい。千代は少し大柄で生真面目な表情をしている。


「あなた、すごいわね」と千代が横から話しかけた。


「ありがとう」と蓮。


「どれくらい稽古しているの?」と千代。


「あまりしてないわ。弓を射るのは久しぶりなの」と蓮。


「久しぶりって、どれくらい?」と千代は驚いて訊いた。


「何か月か前に広瀬先生の前で一射したきりよ」と蓮。


「そうなの、信じられないわ」と千代。


「君はすごいねえ。誰に習ったの?」と向かいの中年が話しかけてきた。


「子供のころに、伯父から習いました」と蓮。


「ほう、その方はきっと有名な弓道家なんだろうね。名前を教えてもらえない?」と男。


「風見修羅よ」と蓮。


「知らない名前だな」と男。


 その横に座っていた老人が、変な顔をした。「あの修羅か?」


「ええ」と蓮。


「本当にいたのだな」と老人。


 広瀬が近寄ってきて、蓮の横に正座して話しかけた。「蓮さま、今夜、予定通り奉納をおこないます。どうかよろしくお願いいたします」と頭を下げた。


「分かりました」と蓮。


「律子、この方に継いでもらうつもりなのか?」と老人。


「いいえ、客人として奉納していただくだけです」と広瀬。「蓮さまに継いでいただくなど、とうていお願いできませぬ。」


「そうか。残念だな」と老人。「ここの連中では、とうていお許しは出ないだろうな。」


「はい。ですが、せめても、蓮さまの射をご覧いただければ、結城様のお慰めになるかと」と広瀬。


「そうだとよいがな」と老人。

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