第94話 落成式

 秋になって、新しい道場が完成したと連絡を受けた。落成式をやるというから来いという。


「誰の道場だよ」と弘樹と車の中でつぶやいた。


「もちろん、あなたの道場よ」と運転している仁美。


「そうとは思えないよ」と弘樹。


 山道を登って車が道場の前についた。正森ネットワークの常設隊と警備隊が整列していた。


「やっぱり」と弘樹。


「嫌なの?」と仁美。


「めんどうくさいよ」と弘樹。


 弘樹と仁美は車を降りた。華やかな袴姿の朱良がいた。


「おかえり」と朱良。


「ただいまっていう気分じゃないよ」と弘樹。「どこだよここ。」


「あなたの道場と家よ」と朱良。「案内するわ。それから、仁美姉さん、ここで弘樹を返してもらうわ。」


「嫌よ。すでに私は弘樹の女よ。離れないわ」と仁美。


「ふざけないで。今日までっていう約束だったはずよ」と朱良。


「弘樹より仕事を取ったくせに」と仁美。


「もう戻ってきたわ」と朱良。「修羅場にしたいの?」


「わかったわ」と仁美は言って弘樹を抱いてキスをした。「弘樹、好きよ。愛してる。」


 朱良は仁美から弘樹を受け取ると、弘樹の手をとった。控えていた広瀬と斉藤が前に出て頭を下げた。


「来てくれてありがとう」と朱良。


「ご招待いただきありがとうございます」と広瀬。


「姉さん、これはぼくが望んだことじゃないよ」と弘樹。


「分かってるわ。あとでちゃんと話すから、今は私と一緒に来て」と朱良。



 道場の前で落成式が行われた。木造の武骨な雰囲気はそのままだが、建て直された道場は二回りは大きくなっていた。ちょっとした体育館のようだ。


 正一や妙、朱良、順子、瞳、蓮と蘭といった住人だけでなく、麻里や英子といった門人、家族の和也に令子、絵里、それから白木らの正森ネットワークの関係者が集まった。


「大したもんだな」と和也。「いくらかかったんだ。」


「さあな」と正一。


「知らねえのか?」と和也。


「ああ。出してもらったんじゃ」と正一。


「ふううん」と和也。


 弘樹は道場の中を、朱良に連れられて周った。基本的なデザインはそのままだが、道場と続きの座敷や応接間、道具部屋などの部屋数と広さが以前と比べ物にならない。


 母屋と道場をつなぐ渡り廊下から母屋を見て、弘樹は慌てた。木造平屋建てのボロ屋だった居住スペースが、鉄筋コンクリート建てになっている。しかも旅館のように大きく、さらに奥には別棟が見える。


 怪訝な顔をしている弘樹を連れて、母屋の玄関に入った。玄関ホールと呼ぶには広すぎる。ちょっとしたホテルのロビーである。その奥には食堂と風呂、トイレとダンスパーティーができそうな広さのホールがあり、上の階は門人の宿泊用の部屋になっている。そして住人の居住スペースは別棟だという。


 別棟の一階は風呂や食堂などの施設があり、上の階が居室だという。


「全然違うね」と弘樹。


「前の方がよかった?」と朱良。


「そんなことはないよ」と弘樹。


「不満なの?」と朱良。


「ぼくは姉さんたちと住めればどこでもいいんだ」と弘樹。


「何か気になることがあるの?」と朱良。


「どうしてこうなったんだろうって」と弘樹。


「あなたが約束したからよ」と朱良。


「約束?」と弘樹。


「そうよ」と朱良。「今日の夕食のとき話すわ。」

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