Skeleton's

雛形 絢尊

第1話

成仏するには時間を要する。

長い様で短い49日を超えて霊体は成仏する。

良い行いをすると天国に、

悪い行いをすると地獄に行くという、

はなから理屈では考えられない様なことを

私たちは生まれた時から、

いやほぼ生まれた時からずっと

大概の人が信じていることであろう。

それは誰もが知り得る、いわゆる常識である。

蔓延っている地縛霊や怨霊はこの世に

未練を残している者。

何らかの理由があってこの世と鎖が

繋がったままの者だ。そうはなりたくはない、そうはなりたくはないと私は思っている。

そんな私がこの世から命を落とす場面から

物語は始まる。堅苦しいことは言わない。

私は死後の裁きに合うのだろうか、

という話ではない。

如何にして私は死に行き、

私を殺した犯人を探す、それだけの。

たったそれだけの話である。

要は、私がこの世に未練を残すのか、

残さないのか。

それだけの話である。

時を遡ること2週間前に至る。


「日光、いろは坂です」

バスはその峠を畝るように走り続ける。

彼らの声がただひたすらにバスの

エンジンと重なるように聞こえる。

幸村弥はイヤフォンをつけて

窓の外を眺めている。バスの揺れに応じて、

ペットボトルの水が揺れる。

マイクロバスを借りて、

私たちはゼミ旅行に来ている。

日光東照宮、華厳滝などを周る

2泊3日のプランだ。

我々のゼミの人数は11人。

教員と2名は欠席している。

このバスを運転する者は

水瀬という2年生の学生だ。

彼は親がバスの運転手だということから、

流れるように運転手と名乗り出た。

特に今のところは文句なく乗れているので、

確かに運転が上手いと言えるだろう。

少しながらバスは揺れる。

「まだ、4個目だって"いろはに"の"に"だな」

と私の前の席で座る田中の声がした。

それに続いて隣に座る石井が、

「全部言えるかな、

いろはにほえとちりぬるおわかよたれそつ、、、分からない」

と、彼は吹き出すように笑った。

「だいたいあれって、何のためなんだろうか」

確かに私も疑問に思った。

それを代弁して彼はいってくれたようだ。

「五十音順の昔バージョンだね」と、

彼らの横隣の席、通路を挟んだ席の黒髪ロングの女性、水野が言う。

「ありがとう水野さん」と田中は言う。

やけに背もたれに強く倒れるので鬱陶しい。

「そういえば教授は?」

と後ろの方から声が聞こえる。

メガネをかけた女性、力石佳穂だ。

「娘さんのピアノの発表会だって」

と岩寺真美が言う。

再び段差を踏んだのか、

ごおんとバスが揺れる。

「おい気をつけろよ水瀬」

すいませーんと声が聞こえた。

今は"そ"の部分に差し掛かった。

皆がそれぞれの時間を潰している。

そうだ、これは旅行だ。

遊びの一環だ。別に苦ではない。

人と会話をする以外は。

再びごおんと。

添西(そえにし)はいびきをかいて寝ている。

嶋良治は文庫本を読んでいる。

私は当てもなくまた窓の外を見ている。

今日は見ていたドラマが最終回。

あの後どうなるんだろう。

続編とかあったら嬉しい。

そんな膨れた顔を人には見せられない。

そう言いながらも誰かと分け合いたい

気持ちもわかる、それはわかるのだ。

他に楽しみ、楽しみはないか。

そんなことを考えていると"え"の文字が見えた。

少しの運転酔いと、

多少の眠気で私は目を閉じた。

じーっと何も考えずに暗闇を見る。

このまま眠ってしまおうか。

いつの間にか寝る体制に変わって私は

幾分か寝ていた。

気づくと"し"の文字が見えてきた。

そろそろ終わりが近い。

なんて眼を擦っていると。

バスはカーブを曲がらずにまっすぐに進んだ。

大きな衝撃音と共にバスは

ガードレールに衝突した。

前方部分から前へと落ちていく。

様々なものが浮いて見える。

死ぬ寸前全てがスローモーションに見える、

という出所が不明の話は

あながち間違いではなかった。

ゆっくりとバスは縦の向きになる。

やばい、これが死ぬってことなのか、

まだ死にたくない。

あのドラマの最後が気になる。

ほんとに死ぬのか、これ。

ゆっくりとフロントガラスには

緑の森の中へと迫っていく。

どこからともなく聞こえる悲鳴、

私も必死にどこかにしがみつこうとしていた。

その時、何者かが私の心臓をナイフで刺した。

私は咄嗟の出来事で前へと倒れ込んだ。

痛い、血がおそらく出ているのか、

息がしづらい。

前だ、前を見るな。と頭で言った後に

世界が真っ黒になった。

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