妖刀

瓜頭

悲しい。

 悲しい。

 胸が締め付けられる。悲しくて仕方がない。


 分かっている。自分はたいした存在ではない。

 分かっている。最初から向こうも本気じゃなかった。


 少しでも真に受けた自分がバカだったのだ。

 ほんの少しでも、ほんのひとつまみでも自分に価値があるのではないかと、期待してしまった。

 毎日惨めな気持ちで生きていくのが辛かった。

 対価をもらって生きていくという事がしてみたかった。

 人の、役に、立ってみたかった。


 オレが人の役に立たなくても当たり前の頃、つまり何も出来ないのが当然の、子供の頃。アイツの肩を揉むのが楽しかった。

 今もし、この世にアイツが居たら、一番最初に殺すのはアイツだ。触れたいとも思わない。道具を使う。直接触れる事は耐え難い。でも、生かしてはおけない。


 何も知らない頃のオレはアイツに騙されていた。当たり前のようにお母さんだと思っていた。思い出すと吐き気がするが、他に思い出せないから仕方がない。アイツに言われたのしか知らないから仕方がない。


 アイツは、オレが肩を揉むと「ありがとう」と笑った。


 アイツが勝手に死んで、最後まで行けとしつこかった場所に行った。オレみたいなのでも誰かの役に立てると笑って言った。誰かから、またあの「ありがとう」が貰えるかと期待した。そんな事がある訳ないのに。騙しやがって。


 殺してしまおう。

 全員殺してしまおう。

 外に出て、オレに何も与えないヤツらを殺そう。

 「ありがとう」とは言われないだろうが、まぁ何かは言ってくれるだろう。もうそれだけで良い。

 そして、オレに何も与えないオレも殺そう。


 キッチンに刃物が残っているだろうか。




 白菜は5ミリくらい。「麺みたい!」と言ったら笑われた事があった。油揚げは先に沸かしたお湯をかけて解凍する。油と、冷凍庫の匂いも取れるらしい。乾燥ワカメはそのまま入れていい。

 白菜が柔らかくなったら、火を止めて味噌を溶く。溶けやすい味噌なので、箸でとってそのまま削るように。味噌漉しは使わない。時短だ。出汁は顆粒のものが既に入っている。


 温まった油に、鶏肉を落とす。肉はタッパーの中で醤油と酒と生姜に漬けてある。時間は短めだが、濃いめに漬けたので多分大丈夫。

 バットに敷いた片栗粉はそのままだと片面しか付かないので、箸で転がす。粉をつけてすぐに揚げた方が良いらしい。箸が急いでいる。


 トマトはくし切り。レタスは包丁を使うと茶色くなるので手で千切る。味がついていない部分ができないように、出来るだけ細かく。

 鰹節と海苔と醤油と胡麻油。ドレッシングは酸味があるので使わない。オレが酸っぱいの苦手だから。


 一通り揃うと、ちょうど米が炊けた音がする。タイミングがピッタリ過ぎる。



 テーブルに座って箸を持つと、包丁が手から離れた。

 涙が止まらないが、冷めると勿体無い。

 食ったら、今度はネットでも応募してみよう。

 また包丁にごはんを作らせないといけないから。

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妖刀 瓜頭 @maskedmelon

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