65話 女の子は選ばせるのが好き
もうどうにでもなーれ。
……そうは言ったけどさぁ!
『アキノちゃん』
『お兄さんと話した駅の北改札前に居るから、ちょっとお話ししよ』
さっき別れたばっかの紅林さんが連絡してくるしさぁ!
『お姉さん』
『15分後、南改札前で待ってます』
あんなに本に囲まれて楽しそうだった黒木さんも連絡してくるしさぁ!
『アキノちゃんさん』
『同じタイミングで、西改札前に居ます。 選んでください』
白鳥さんが選択を迫ってきてるしさぁ!
……ああそうだよ、忘れてたよ!
女の子って生き物は、お姫様扱いのときとお嬢様扱い、友達扱いのときはちょろいしかわいいし好きなだけ味わえるけどさぁ!
『最低ッス』
それが男の取り合いになった途端に目つきが変わって捕食獣に早変わり、態度が一転して攻められて喜んでたのがせめて責任取らせてこようとするしさぁ!
『当然である』
そんでもって自分が必ず1番じゃなきゃいけなくって「仕事と私とどっちが大切なの」モードになって、生活のすべてを捧げないと満足できないわがままな種族になってさぁ!
……母親とかになっちゃったら、もう「さっさと狩りしてきてさっさと帰ってきて家のこと手伝いなさい」モードになって一生お小言モードでさぁ!
『それが大黒柱の役割ぞ』
だから僕は都合の良い相手を求めてたのに!
だから僕は「アキノちゃん」って第2の僕を作り上げておいしい思いだけしようとしてたのに!
ああそうだよ、知ってたよ。
女の子たちは恋愛スイッチから捕食スイッチが入ると謎の超能力で僕のすることを見透かしてくるって。
「なんだよ、女の勘って何だよ、僕はそんなの今まで手に入れられたことないよ、肉体的には女なのに……」
僕は、思わずで頭を抱える。
……お兄さんと貴重な情報交換をして「これはあかん」って逃げる準備して。
ダッシュで駅に向かおうとしたところに、ほぼ同時に3人からのメッセージ。
これはあれだよね。
3人が共謀してるんだよね。
「私を選んで♥」×3。
ああ、何股してるときに良くあるやつだ……女の子ってそういうことして気を引きたがるから。
『いや、今回の場合は普通に1人に絞ってほしいんじゃないッスか? 示し合わせられる程度には落ち着いてるってことッスし』
『然り』
『年貢を納めよ』
うるさいうるさい、僕はまだ自由で居たいんだ。
「……逃げるか!」
うんうん、それしかない。
大丈夫大丈夫、このために僕本体から分離したお姉さんって設定で――だめじゃん!
バレてるじゃん!
お兄さんがわざわざ教えてくれたじゃん!
てかそもそもお兄さんのことも知られてる時点で、あのお兄さんもあの3人の差し金じゃん!
「なんで僕ばっかりこんな目に……」
『?』『?』『?』
なんでだよ……なんで僕は女なのにまるで同時に何人の女の子にも手を出して弄んでるクズ男みたいな扱いなんだよ……こんなの絶対おかしいよ……。
「………………………………」
ざわざわとしている駅前の繁華街は、それはもう人が多い。
休日の夕食時なもんだから実に楽しそうなカップルたちがいちゃいちゃしながら歩いてたりして――頭抱えてる僕見てぎょっとしたりひそひそしたりしてる。
良いよね君たちはさ……僕みたいな辛い目になんて遭ってないんだから。
『まぁでも普通にごめんなさいしつつ誰か選べば大丈夫じゃないッスか?』
『肝心の所では手を出しておらぬし、紳士ではあるからな』
『塵ほどの善性で救ってもおる……真摯に謝罪し選択せよ』
「………………………………」
僕はふらふらと、重い重いボストンバッグを引きずって歩き出す。
気分が悪い人ってことで親切な人が来たり、通報してくれたりしたら逆に困るからね……ほら、休日出勤してたらしいおじさんでさえ、僕のこと見てるし。
ナンパ待ちって思われても付きまとわれてもめんどくさいし、とりあえず歩きながら考えよう。
って言ってもゆっくり歩いてちょうど1番遠い改札に到着するっていう絶妙な距離と時間しかないけどね……。
「はぁ……」
「………………………………………………………………」
ああ、人の目が刺さる気がする。
僕の心がこんなにも弱っているからだ。
ああ、僕ってばなんてかわいそうな人間なんだろう。
◇
「……っ! あ、アキノちゃんさん……!」
「手、良いかな」
「う、うんっ! わ、私、まさかお姉さ――」
ひとつ目の改札前。
お昼に別れたまんまの服装の白鳥さんが、ぱあっと咲いた花のようになる。
「銀藤さんが私を選んでくれるだなん……てっ!? え、あ、ちょっと!?」
そんな彼女の手を取って――走り出す。
うん、彼女はハイヒールとかじゃない。
だから、
「ごめんね、ちょっと急ぐよ」
◇
「! アキノちゃ――うぇっ!?」
「ねぇ、待ってってばぁ! 私、運動部とかじゃ――」
次の改札前。
さっき別れたばっかの紅林さんが――目立つ格好だったからかチャラ男に声をかけられていたのを引き剥がし、腕を掴んで走り出し。
「紅林さん、この荷物持っててね」
「アキノちゃん!? じゃない、銀藤ちゃん!? え、あのっ」
白鳥さんと僕の持ってた荷物を、片手で持ってもらう。
「え? え? ……まさかあたしたちを一緒に食べようっての!?」
「い、いきなり3……あ、アキノちゃんさんのDMでそういうのって……」
「2人ともしゃべらないでね、口噛んじゃうよ」
◇
「……や、やっぱりわたしのことなんて選んでくれない……うぅ……」
「黒木さん」
「ふぇ……?」
……なぜか改札前で座り込んでいた黒木さんの元へ、ほうほうの体でたどり着く。
「え……え……?」
「わ、私、もう走れない……」
「あたし、何かやたら重い荷物持たされて疲れてんだけど……」
「ふぅ……どうにか間に合ったか……」
きょとんとした顔で座り込んでいる黒木さん、荒い息で苦しそうな白鳥さん、文句は言いつつも余裕そうな紅林さん。
3人が、ここに居る。
「……ふぅ。 まずは一方的な約束の15分後に、君たちの前に来たことになる……」
――こうして強引でもないと、もう二度とまともに関係修復できない気がしたから。
僕の経験則上、もっと面倒くさいことになるから。
だから――たとえこの場で八つ裂きにされようとも、まずは3人全員を選び取る。
その後のこと?
……ちょっと息を整えて、あと場所変えてから考えよっか。
◆◆◆
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