60話 楽しいデート(死へのカウントダウン)4

「……わたしをこんなに理解してくれる人、は、初めてです」


「そう? それはよかった」


「だから……都合の良い女で良いから……」

「うん、それはちょっと保留で。 ね?」


黒木さんの両手の紙袋には、本がぎっしり。


僕の片手にも、そこそこの本。


相当満足したらしい彼女は2時間の無音の空間を楽しんだ様子で、そのあとに来たカフェで――疲れてるはずなのに、異様にぐいぐいと来ている。


「でも、お姉さん……女の子が居ないとば、爆発しちゃうって、配信で……」

「うん、それは比喩だからね」


「お、男の人と同じで、一定期間、お、女の人が居ないと……って……人体に深刻な影響を及ぼすって……」

「うん、その話題から離れよっか」


テンションが上がってるからか、うわずった声でとんでもない話題を公共のスペースで話す彼女。


思わずって感じで隣のテーブルの人たちが見てきてるし……やめて、僕、今日はそういうつもりじゃないの……。


「わ、わたし、好き勝手に使われるだけでもいいから……」


「はいはいそんなことよりこのケーキ食べてよケーキ」

「むぐっ」


ぐいぐい来てる彼女のぐいぐい来てたお口の中へ、コーヒーと一緒に頼んだケーキをシュート。


え?


さっきまで食べてて良くまた食べれるねって?


うん……この肉体は「女子」だからね……甘いものならいくらでも食べられるんだ、本当に不思議なことに……。


結構大きな塊を放り込んだからか、目を白黒させてもふもふと食べようとしている……やっぱこれハムスターだわ、両方のほっぺにいっぱいひまわりの種仕込んでるジャンガリアンハムスターだわ。


けど、この前聞いた理由で僕に体をって、まだ考えてたんだ……。


『責任を取れ』

『幼気な乙女を汚した責任をな』

『せめて責任は取るッスよ……』


いやいや、僕はちょっとこの子と仲良くなっただけだからね?


「んぐんぐ……けぷ」


僕の中の――なぜか増えてる良心が責め立てるけども、僕、そこまでこの子に依存させることなんて


「だって、わたし、命を……」


そうだったわ、してたわ……車から護っちゃったわ。


けど違うの、あれはそれほどのことじゃなかったんだ……ってのは、今は通じないよねぇ。


「あのあと、わたしの親がお姉さんの親に……けど、何にも要らないって……」

「うん、だってほんと、すり傷だけだし……」


「でも、それじゃあお姉さん、人助け損……」

「や、人助けって理屈じゃないし」


「……り、理屈じゃないんなら、わたしが体、捧げたいのも理屈じゃ……」

「おっふ」


参ったぞ?


なんか今日の黒木さんはやけに強気だぞ?


助けて僕の内なる良心!


『行動は立派だったが、その後の助平心ででぃーえむとやらを送り』

『貴様の淫乱な本性を知ったのが理由では?』


『命救われてなんにも受け取ってもらえなくって、けど聞き出したら実は女好きで女漁ってたとか知ったらこうもなるッスよ。 だってそれが1番嬉しいって知っちゃったわけッスし、めっちゃ喜ぶって知っちゃったわけッスし』


おっふ。


そっかぁ、後腐れないえっちな子を誘い出してえっちしようとしたあれがトドメだったかぁ……。


あれさえなければ……本当に、あれでブラックツリーちゃんが黒木さんだって分かっていればなぁ……。


「そ、そう! 代わりにさ、妹の面倒を」


「――嫌」

「ひぇっ」


おなかが冷えるような声が……ぽそりとしたはずの声が、彼女の小さな口からこぼれる。


「銀藤さんには――体育でも助けられたの。 銀藤さんにも、なんにも返せてないの」


「おっふ」


まずいまずい。


隣のテーブルの人たちがこそこそと逃げ始めている。

これはまずい。


ちらっと見てみた小動物の瞳からは光が消失している。

これはいけない。


あ、店員さんたちがこっち見始めてる。

これは危険な展開だ。


「――学校生活を奪って命を2度も救われて友達も作ってもらってなのにわたしは、たったの1回もなにもさせてもらえない」


ひぇっ。


『恐怖』


「ねえ、お姉さん。 わたしは――どうすれば、良いの?」


これはあかん。


僕は――ジャンガリアンハムスターの生態を見誤っていた。


彼女たちは、友達が少ない。

代わりに深い友人関係を好む。


ゆえに、僕のことも――銀藤姉妹へも、それはそれは重い矢印が2本も突き刺さっている。


その矢印は、僕たちの心臓にまで達している。


「ねぇ」


彼女が、ただじっと座りながら、見てくる。


こわい。


髪の毛が伸びる系統の日本人形みたいなホラー風味がある。


「それに、本当はお姉さんは――――」


「よし! なら、こうしよう!」

「銀ど……ふぇ?」


ぱんっと軽く両手を叩いて猫だまし。


ハムスター相手なら効果は抜群のはずだ。


「え、あの」


「僕のさ、何十人もの彼女たちのうちのひとりになってよ! んで都合の良いときだけ、それこそ深夜にでも勝手に呼びだして遊ぶ相手っていうのになってくれたら、僕は実に都合が良くって嬉しいんだけどなー!」


『下郎』

『嘆息』

『うわぁ……』


いや、違うの。


これだけ最低なホスト男みたいなこと抜かしたら、さすがに幻滅してくれるはずで


「……分かりました」


「へ?」


し、してくれるはずで


「お姉さんが……呼びたくなったら24時間365日いつでも駆け付けてお姉さんがしたいことなんでもする彼女の1人になれるなら」


「ひぇっ」


え、待って、そこまで覚悟決まったこと僕は望んで


「なれる――んですよね?」

「うん!! もちろん!!」


「………………………………」

「………………………………」


「……そ、そうですか……ふへへ……わ、わたしが、銀藤さんの彼女……」


……収まった?


みたい?


………………………………。


……やばかった。


こんな平穏なカフェで――すっとテーブルの下から出てきた、ケーキ用のフォークを握りしめて真っ赤になってるおててとか、阿鼻叫喚1歩手前だったんだもん。


うん、やばかった。


それはもう、中学最後で大爆発四散したあのときみたいな生命の恐怖を感じたもん……。


けど大丈夫、僕は無事に突破した。


この子は僕の都合が良い相手ってことになった。


……つまりはこういう健全なデートするだけってのも、僕が望む限りには維持されるはず。


ふふ……この機転の良さが恐ろしいね。



◆◆◆



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