56話 鐘は――鳴った
『我は驚愕した。 命を惜しいと心底思っていない女子が居るとは』
『同意する。 九割九分九厘の人間は己が最も大切である』
『無論生存競争の過酷さ――飢餓疫病不作冷夏、動物魔物妖怪、米の一粒から棟梁の地位、国の趨勢のための戦――そして我が妻/夫・子への愛故に鼓動が停止しようとも本懐を遂げようとする者共らは度々見てきた』
『女子の中にも、時に漢より立派な者が居り、それらを守護してきたことすらある』
『だが――斯様までに、しかも己が女子にもかかわらず女子と肉欲に溺れんが為にと言う浅はかこの上ない理由で、斯様までに死の恐怖を乗り越えている若者――それも、女子は初めてよ』
『首の……分御霊とは言え数百年の命を持つ貴様でもか』
『腹の――その本質が数千年の貴公でもか』
「ふんふーん♪」
よーし、ケバすぎないけど女の子が好きな感じの今どきのメイク完了。
高校生のおこづかい+バイト収入の水準をちょい超えてるインフルエンサー業での経費な服装はばっちり。
生理は周期的に問題なし、感情もむらむらも平常時付近よし、睡眠時間よし、栄養バランスよし、体重よし、矯正下着さんよし、チョーカーさんよし。
「……うん。 今日の僕も、とってもかわいくてかっこいい」
鏡に映る僕は「オフの日のアイドル」。
普通の人には分からないけども、ファッションに敏感な人からは「おっ、やるじゃん」って言われる程度の、目立つけど目立たない格好。
服装とメイクはかっこいい系で野郎からのナンパは、よっぽど顔とトークと実績に自信のある男じゃないと無理な感じ。
男受けじゃなく女の子受けするコーデだからナンパもそこまでされないだすを。
うん。
だって、今日は女の子たちのエスコートだから。
高校1年の――そこそこ良い高校の、受験を終えて気が抜けて、新入生の時期を終えたばっかりでふわふわしてる女の子たち。
あの3人向けだから、これで良いはず。
今日は男成分を多少多めで、僕がリードする形。
あの子たちを、普通の女の子として――女の子がごく自然に憧れる「ちょっといいかも」って感じる男子から誘われての初デートってイメージで。
けども今日でどうこうとかじゃない、本当に高校生の、都会の高校生の初々しい感じのデートがモデルだ。
これなら2回目以降も期待できるし、けども女の子としてはほっこり楽しかったって思える程度のチョイスにしてある。
「男たるもの、女の子はお姫様として扱う。 それが嗜みだよね」
『それには同意する』
『手籠めにしない選択肢は評価する』
だよね?
やっぱ僕、今世で女の子で良かったー。
これが男だと、かわいい子とデートするだけでむらむらがすごいからね。
や、女の子の肉体でもそういうのはあるけども、男みたいに直接的じゃないし?
あの衝動がない分、女の子だからこそ紳士で居られるんだ。
『真に紳士である』
『真摯なのは認めよう』
ふふーん。
最近、ちょっとばかし精神的にやばいって思ってたけども、僕の分裂した心の中身も同意してくれている。
『此奴……己が輪廻転生を認識している癖に』
『何故に頑なに我らの存在を認めないのか』
や、僕、霊感とか一切ないんで……付喪神とかインテリジェントデバイスとか、信じないタチなんで。
てかオカルトが存在するなら僕、今世だけで女の子に数回のたうち回ってのたれ死んでたか分かんないしさ。
幽霊とか前世でも視たことないみたいだし、今世もさっぱりだし?
そういうのは非科学的だからね。
輪廻転生?
科学的かどうかは置いといて、僕自身が体験してるから、それはそれ。
『此奴……』
『己の領分を尽くそう』
ん?
うん、そうだね。
今日の僕は、あの子たちを楽しませるんだ。
その代わりとしてお金は全部僕が持つし、僕がデートプラン立てて僕がリードするし。
僕がお姫様扱いしてあげるし、夢を見させてあげる。
高校生の――紅林さんもたぶんそういう経験なさそうだし――初心な女の子たちの、健全なデートってのをしてあげるんだ。
『気概は好ましい』
『本心は唾棄すべき』
よしよし。
……おっと。
「ポケットティッシュ、ハンカチ、お色直し用品……万が一のサニタリー用品、ブザー、スプレー、催涙弾、煙幕弾、携帯シールド」
こと、こと。
1個ずつをテーブルに並べて点呼。
「メイク直し――用に見える護身武器。 髪留め、リボン、簡易ナックルに……よしっ」
ごとっ、ごとっ。
出かける前の荷物確認は大切だ。
大丈夫、ちょっと荷物は多いけども、こういうときのために多少は鍛えてるから。
うっかり何かを忘れてるってのはよくあって、そのせいで――あっ。
「……危ない危ない……そういや前世はふとももへの致命傷だった……」
なぜか思い出した、前世の死因。
や、多量出血ってくらいしか思い出せなかったけども、とにかくふとももさんが、正確にはふとももを通る大動脈が大切だって気づいた僕は――つい昨日に店長さんとおじさんに頼んで、
「そうそう、このふとももサポーター……にしか見えないやつ。 これこれ」
おばさんが好きそうなショーツ――それは黒に紅い筋が通っている意匠の、ちょうど矯正下着さんの下からふとももの真ん中までを覆う股引的なもの。
「これだけは明確に危ないって感じたから、ちゃんとお願いしたんだよねー。 ……あの人たちはすっごく良い人たちだから、いろんな伝手辿って寝る前に届けてくれたし」
前世の死因をふと思い出した僕は「無理だったらで良いんですけど」って、あの2人のところに散歩しに行ったんだ。
んで前世の死因って言うわけには行かないから「実は中学で痴情のもつれに巻き込まれて……」ってことで言ったら、血相変えてて。
「無理だったら良いんです」って言ったんだけど……まさか夜になって、店長さんが届けてくれるとか。
なにやら親とも話し込んでたし……まぁいいや。
「おつかい1回で良いって言ってくれたけど……それとは別に、なんかお返ししなきゃなぁ」
『伝説の先輩たち、チーッス』
『……軽薄な』
『大腿は急所ぞ』
『あ、真面目にご主人護るんで、連携よろしくッス。 ……あと、護る理由がしょうもなくって幻滅してるッス。 使い捨てッス』
『同志よ』
『我らは道具……本懐を果たそうぞ』
んー……ぴっちりすぎて、ちょっとばかし下半身がうっ血しそう。
けども、こういうのは立ち仕事とか1日掛かりのお仕事だと重宝するもの。
相手が高校生女子だし、下手すると1日中立って歩いて話しづくめになる可能性もあるし、この程度なら問題ないかな。
「よーし! きょうの3股デート、がんばるぞー!」
◆◆◆
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