48話 あたしのアキノちゃん
「奈々さんは、いつも明るくて元気ですね」
「お友達もたくさん居て、クラスのムードメーカーです」
「でももう少し落ち着きましょうね」
それが、幼いあたしへの、先生たちからの評価。
元気なだけが取り柄で、高学年になったら急にかわいいかわいい言われるようになって。
だからちょっと背伸びした雑誌とか見て、おこづかいもらってかわいい服、似たような子たちと買いに行くようになって。
そうしてあたしは、中学も楽しい時間を過ごした。
学校が毎日楽しくて、休日もみんなと出かけるのが楽しくて。
ちょっと勉強が遅れて怒られる程度には、楽しんでた。
――楽しかった。
けど、楽しいだけだった。
あたしには――明るい以外の取り柄がないから。
しいていうなら、そこそこ自信のある顔に、地毛なのに赤系統の髪の毛。
けどその髪の毛で生徒指導には何回も捕まるし、繁華街歩けば染めて遊んでる子だって勘違いされて男たちが寄ってくるし、あと、くせっ毛過ぎていつもストパーかけなきゃいけなくって美容院代が高いってママに怒られるし。
あたしには、特段の好きなものってものがなかった。
みんなと同じ最新スマホにみんなと同じ流行りのスイーツ、みんなと同じカラオケでの持ち歌に、みんなと同じ流行りの動画。
みんなと同じ、みんなと同じ、みんなと同じ。
「奈々ってば付き合い良いよねー」
「それな」
「即レスしてくるし、助かるわー」
それだけが、あたしの取り柄。
それだけが。
そんな、あたし。
――男子からはモテてたし、先生からも何回も言い寄られたこともある。
けど、あたしは知ってた。
男はみんな、あたしの――コンプレックスな、でかい尻しか見てないって。
だからわざとスカート短めにして挑発してた。
男たちがくぎ付けになるのが、おかしくて。
――せめて体だけは、取り柄があるんだって思いたくって。
でも、そんなことを理解してたからか、結局何回告られても、彼氏作らないまんまに高校生。
……ノリと勢いで彼氏いるってみんなに言ってたけど、みんなもそれがあたしの見栄だって分かってたから、ただいじるだけで。
そんな、あたし。
なにもかもちぐはぐで空っぽな、あたし。
今の高校も、運が良くて入れただけ。
好きなカッコできるから、あとは髪染めても問題ないっぽいからって理由で選んだとこ。
あたしには、なんにもない。
だからかな。
その日に予定してた友達がドタキャンして、することなくってヒマだった春休みのあの日。
適当に流してた配信アプリで――あたしは、運命の人に出会った。
「なるほど、高校デビューねぇ。 その髪質とかなら、いっそギャルっぽく派手にしちゃえば? あ、もちろん嫌じゃなきゃね。 ほら、性格的にも派手なの嫌いじゃなさそうだし?」
――ギャル。
それだ。
◇
中学はわりと厳しかったこともあって、いわゆるギャルな感じは生徒指導に追い回されるって知ってた。
だからあたしは、多少派手だけど髪の毛以外は許される程度で我慢してた。
けど――そうじゃん。
あたし、元からこういう話し方だし。
ならいっそのこと、ギャルになっちゃえば。
ギャルなら、それだけで存在意義がある。
ギャルなら、それだけで取り柄になる。
なんにもないあたしが、ようやく何かになれる。
パパは悲しそうな目をして「頼むから男には気をつけてくれ」って言いながら、ママは「お年頃ねぇ」って笑いながら、お金出してくれた。
ギャルっぽい服、ギャルっぽいメイク――さすがに学校は無理だけどね――、ギャルっぽい髪型。
くせっ毛をそのままに膨らませての、ウェーブヘア。
――アキノちゃんが、「きっと似合うよ」って言ってくれた髪型。
「ギャルって良いよね、見てるだけでぞくぞくする」って言ってたギャルそのもの。
あたしは、そうしてギャルになったんだ。
◇
新しいクラスで、あたしは――中学までなら軽い友達程度にしてただろう、派手な子たちと速攻仲良くなった。
だってその子たちもアキノちゃん知ってたんだもん。
それで初日に意気投合してカラオケ行ったもん。
クラスの女子は、あたしたちの他にもいくつかグループが別れた。
明るくてマジメさんで、飛び抜けてかわいい白鳥ちゃん。
本物の委員長ちゃんとか頭良い子たち。
普通の子たち。
あんまりしゃべらないっていうか、地味っていうか……正直何考えてるかよく分かんない子たち。
その中に、銀藤ちゃんと黒木ちゃんは居た。
けど、全然興味はなかった。
……まぁ銀藤ちゃんは、いつもあたしが休み時間座るのにちょうど良い場所にあった机の持ち主だったから、1日1回はおずおずと声かけられる関係だったけど。
◇
あたしは、救われた。
貞操どころか命そのものも。
その日、あたしはみんなと買い食いして遊んでた。
帰りはプリクラだって、だからゲーセンまでの道を歩いてた。
そしたらナンパに絡まれた。
――けど、普通のナンパの雰囲気じゃなかった。
その人たちは、明らかに普通の人間じゃなかった。
「これ、どうする……?」
「け、警察に……や、でも、この時間だから補導されちゃう……」
「………………………………」
みんな、困ってた。
だからあたしが、囮になった。
みんなは「でも」とか言ってたけど「時間がないの」って説得して、そういう演技をした。
――悪い男たちは、普通のローファー履いて一目散に走るあの子たちよりも、ちょっとだけ背伸びして買ったハイヒール履いてるあたしに目を付けた。
……正直、誰か1人は一緒に残ってくれるかなって思ったけど逃げられてショックだった。
もちろんあとでしっかり締めた。
で、あたしは逃げた。
けど、走りにくすぎてすぐに捕まった。
――どうせ、やられるなら。
1人は戦闘不能にできた。
けど、さすがに無理で――しかも怒らせちゃったから、本格的にヤバくなった。
あたし、もう終わったと思った。
けど、そこへ颯爽と、
「いやいや、男数人で女の子攫おうとしてるとか普通じゃないでしょ……そんなに治安悪くなってたの? ここ……怖っ」
――だるい日の配信のときみたく、完全に力が抜けてる感じの男子なしゃべり方のアキノちゃんが――ばったばったと、恐怖の塊を倒していって。
最後には、手を引いて助けてくれた。
そうだ。
あたしは、アキノちゃんに――ずっと前から、救われてたんだ。
◇
「――――――あっ、ごめっ!」
自習の時間。
みんなでドッヂボールを楽しんでた。
そこまでは、普通の楽しい時間だった。
――けど、あたしに向けて友達が全力で投げたボールを取り損ねちゃって、よりにもよって運動苦手そうな子たちの方へ――黒木ちゃんへ行っちゃった。
血の気が引いた。
頭が真っ白になった。
同級生が、あたしのせいで大ケガ。
入院。
退学。
よく分かんない考えが、一瞬で回った。
――けど。
そのボールを、銀藤ちゃんがばしっと受け止めてた。
びっくりした。
だって、メガネかけてて野暮ったくて、猫背だしぼそぼそ言うしでよく分かんない子だったあの子が、あの瞬間。
――ボールを追ってたあたしの目は見てたんだ。
あの子が、あの子らしからぬステップで黒木ちゃんの前に躍り出て――ちゃんとボールを見ながらキャッチしてたのを。
……なんだ、運動、できるんじゃん。
そう安心したけど、なんか「むぇぇぇぇぇ……複雑骨つぅ……」とか言ってのたうち回り始めて、慌て直したりしてた。
◇
その日のアキノちゃんの配信。
「………………………………」
――両手首が、腫れてた。
アキノちゃん自身はそれに気がついてないのか、全然痛そうじゃなかったけど――それはちょうど、保健室で銀藤ちゃんが先生に巻かれてた湿布の場所で。
◇
「………………………………」
翌日。
複雑骨折なんてしてなかったらしい銀藤ちゃんは、もう包帯外してた。
――その手首は、まだ両方ともに、うっすらと腫れてた。
◇
見れば見るほどに似てる。
見れば見るほどにアキノちゃんの面影がある。
けど、それならどうして学校でこんな格好してるのか、意味不明。
もうちょっと様子見る。
なんでもお姉さんだってことだし。
◇
正直、確信はない。
ただの、勘。
思い込みだとは思う。
けど、やっぱアキノちゃんは――――――――。
◇
そしてあたしは――勝負に出た。
◆◆◆
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