27話 無言の宣戦布告と共同戦線

「ねー? 見たでしょー? 黒木ちゃん、ネットデビューしちゃってるよー?」


「     」


「だ、大丈夫! 画像も粗いし、メガネかけていないから黒木さんだって誰も分からないわよ!!」


渦中の「少女」の居ない空間。


いや、最近の普段通りに昼食のあいだも囲まれたからと、手洗いへと逃げ出したタイミング。


――「彼女」を囲んでいた3人は、その話題へと舵を切る。


「でもすごいわね……本当に間一髪だったみたいで」

「は、はいぃ……」


「――あんなにマンガのヒロインみたく助けられちゃったらさ、惚れちゃうよね」


「惚れっ……!?」

「こーら、黒木さんは恋バナに耐性無いんだから言わないのっ」


「ごめんごめん、ちょこっと羨ましかったからさ。 ちょこっとね」


――ここ最近のクラスでは、大きな変化があった。


新年度で新しい教室に入ってきたばかりの女子も男子も、ひと目見て席を譲った、明るい色のストレートな長髪の白鳥優花。


緩い校則のぎりぎりを攻めつつも下品ではない、けれどどう見てもギャルな容姿と明るさに、いつまでも話すのをやめない、赤髪のウェーブヘアな紅林奈々。


そんな彼女たちが急に距離を縮めた対象――といつもくっついている、ただでさえ小柄なのに猫背でさらに縮こまり、ビン底メガネにぼさぼさの黒木美緒。


そんな彼女たちに――なぜか常に三方を囲まれるようになった、黒木とそう変わらない、けれど背はそこそこ高い、銀藤明乃。


模範的かつクラスのリーダー格の白鳥、そして彼女たちよりは自由を望みながらも分け隔てなく片っ端から絡んで回る紅林。


そんな2人が、なぜかクラスの隅で静かに暮らしていた生徒たちの集団に突撃し、銀藤と黒木を引っ張り出す。


それが、ここ最近の――HR前から放課後までの休み時間の日常になっていた。


自然、話を振られたりするため取り巻き同士も距離が近くなり、今ではそこそこに話す仲になっているものの――特に今はその中心人物たちの会話を邪魔できない雰囲気がほとばしっているため、自然、机2つ分くらい離れて取り囲む構図だ。


そしてその中心のはずの銀藤は、今は居ない。


正確には無自覚で危機感を覚えて逃げだし、それすら忘れて今は別のクラスの女子を引っかけている最中だ。


「黒木さん、怪我は本当にないの? 車に突っ込まれたんでしょう?」


「は、はひぃ……お、お姉さんに抱きしめられたから……」

「記事でも、車は自力で止まったってあるもんね。 黒木ちゃん、間一髪だねぇ」


友達の銀藤がさえぎる形になるおかげで明るい2人が近くてもなんとか居られる黒木だが――その肝心の銀藤が、現在進行形で別のクラスに移動し、そこの女子へさりげなくボディタッチをしているせいで、極めて居心地悪そうに縮こまっている。


「でもすごいなぁ……銀藤さんのお姉さん。 私のときも痴漢から助けてくれたし」

「は、はいぃ……」


「ねー。 あたしのときも、悪漢から救ってくれたし」

「あら、それって本当の話だったの? お友達が、紅林さんの嘘だって」


「――嘘じゃないよ」


そんなわけで、高速で走る車輪の車軸、あるいは餓えた猛獣の檻、はたまたは臨界に達した発電施設の制御棒――それが、外れた。


「……? ねぇ、急に寒くない?」

「窓、空いてるのかなぁ」

「ちょ、ちょっと移動しよ……」


周囲の生徒たちが騒ぎ出す中、その中心地ではさらに気温が下がる。


「あたし、ヤバいやつらに連れてかれて戻ってこれなかったかもしれないとこ、助けてもらったんだ。 うん、貞操と命と……ほんといろいろから、救われたってわけ」


「そう。 それは良かったわね。 私もね、そのうち学校行けなくなるかもってくらい怖かった人から助けてもらえたの。 ……うん、あの人、すっごく悪い人だったみたいで……私も似たような目に遭ってたかも」


「……わたし……10メートルくらい、離れたところから……思いっ切り、抱きしめられた……こ、コメント欄でも、羨ましがられてた……」


――3人の目線が、お互いにぴたりと合う。


合ったまま、1ミリたりとも譲らない。


「……へぇ。 黒木ちゃん、怖くないんだ。 そんな、薄いメガネで」

「……うん。 だって、お姉さんに……救われた、命だもん」

「……あら素敵。 けど、格好良く助けられた経験なんてしたら、誰だって変わるわよね。 ええ、誰でも」


しん。


教室が、静まりかえる。


彼女たち3人の会話が聞こえない距離のクラスメイトたちは、全員、沈黙しか選べない。


「……そういや2人に教えとくね。 アキノちゃんは――女の子が好きなんだって。 女の子も行ける、じゃなくて、女の子『が』良いんだって」


「あら、そんなことを私たちに教えちゃって良いの?」


「良くない。 けど、あたしだけ知ってるのは不公平だし――なによりアキノちゃん、『性格悪い女の子は嫌い』ってね? 数人しか見てなかったときの配信で、言ってたの」


「あら、にわかは嫌いかしら?」

「ううん。 アキノちゃんが人気になるのは嬉しいよ? ただ、好きな期間で言えば圧倒的なだけ」


にこり。


美少女2人が、最大級の笑みを見せ合う。


「……は、配信とか……アーカイブ……昨日、全部……観た」

「……へぇ。 えらいじゃん」


その2人が――距離も近く、防御力の薄いメガネのために前髪から透けて彼女本来の顔がはっきり見えるようになっている、ハムスターでしかなかった彼女を見つめる。


「……やっぱり。 黒木さんも、かわいいわよね」

「フェアにするんなら、美容院行った方が良いんじゃない?」


「……そう、かも」


彼女たちは、深層意識で、お互いを知る。


「でも、黒木さんは銀藤さん――まだ帰って来ないあの子の方が好きなんでしょ?」


「……分からない、です」

「まぁ姉妹だしな。 どっかしら似てるだろうしー?」


「私も……なんとなく雰囲気似てるし、メガネのスキマから見える顔つきも似てるし、気になってるのよね」


「……まぁな。 あのびびり癖さえなければアキノちゃんみたいになれるだろうに」


3人は視線を、当の本人の不在な机に落とす。


「……けど、気になることがあるのよ」

「気になること?」

「ええ」


明乃が、他のクラスの女子とふざける形でもみ合いになって歓喜している頃。


「……実はね? お姉さんに痴漢から助けられたときに一緒に居た人が言ってたんだけどね? 前に会ったって彼女は言ってたんだけど、それって……」


「……へぇ。 じゃああたしもね。 実はさ、名簿で見たんだけど、銀藤ちゃんの名前って……」


「…………あの。 き、聞き間違いかもしれないんですけど……実は、お姉さんに助けられたとき、銀藤さんに貸した本のことで……」


明乃が、新しい女子の匂いを満喫している頃。


「………………………………」

「………………………………」

「………………………………」


彼女たちは――とある疑惑について、「女の勘」が止まない疑問点について――熱心に話し合っていた。



◆◆◆



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