24話 黒木さんwithoutビン底メガネ(討死)

「えぇと……あれだけやってすり傷程度って」


珍しく1歩引いている店長さんが、これまた珍しい表情で言う。


「……明乃ちゃん、あなた、闇の世界の住人とかじゃないのね? 本当に? あるいは今どきだからお薬に手を出していたりとか」


「本当ですって本当、真っ当な世界でしか生きてません」

「……信じて、良いのね……?」


「なんかこう、運良かったんですよ。 あと僕はチキンなので取り返しの付かない世界には首突っ込まないようにしてますし」


「本当かしら……加速した車から、交差点の反対側の子を救出するとか普通なら……」


「あ、でもひとつだけあるとすれば」

「明乃ちゃんが足洗うためなら数千万程度なら出せるわ」


「いやいや違いますって、てか出さないでください。 僕には幸運の女神がついてるんですよ。 ただ、それだけです」


「…………………………そう……」


幸運の女神(たぶん転生のときに会っただろう女神さま)だけどね。


いや本当、今回ばかりはダメかと思った。


けどなんか「行ける」って思ったんだし。


ていうかお巡りさんによると「交差点で加速してはいたけど、運転手さんは元々停止しようと減速してたから間に合ったんだろう」ってことだし。


「……はぁ、分かったわ。 けど、こんな無茶しないで」

「分かってますって、1回限りです。 両親にも怒られましたし」


店長さんとはわりと短い付き合いなのに、なぜか気に入ってくれてるらしい。


マイノリティー同士の絆ってやつ?


ほら、今どきはそういうのも理解あるけども反発とかは根強いし。

店長さんくらいの美人さんでも、それはそれで敵とか多そうだし。


この春に店長さんとこ入り浸るようになってすぐに「バイトってことにしときなさい。 嘘ってわけでもないんだし」ってことであそこをバイト先として教えてあるし、なんか僕の両親とすっかり仲良くなってるし。


だから半分保護者ってことで、今回もお巡りさんとかお医者さんの相手もしてくれたし。


僕?


僕はなんかいろいろ検査受けてただけだよ?


いろんな機械とかに入ってうとうとしてたら、もう夜らしい。

今夜は夜更かししないと眠れなさそうだ。


「……お姉さんっ……!」

「あ、黒木さ――お友達の子」


がらがらと病室のドアを開けてぽたぽたと駆け込んできた黒木さん。


ついクセで名前呼びそうになったけどぎりセーフ。


「……あら、呼ばれているわ。 またあとでね」


そのドアが閉まる前に、すぅっと出ていく気遣いのできるレディーな店長さん。


「あのっ、わたっ、わたしのせいで……っ!」


「や、大げさだけどこれ、ただのすり傷だからね? 血すらほとんど出てないし」


あれだけの事故――幸いにして巻き込まれたのは僕たちだけ、車も歩道に乗り上げた直後に自力で止まれたらしい――だったにもかかわらず、僕はなんと両手の甲を擦りむいただけ。


本当にそれだけしかないらしい。


お医者さんたちは「奇跡ですね」とか言ってた。


あれかな?


この都合の良さ……ははん、転生特典とかいうやつかな?


それにしては生まれ変わるときに女神様とかに会って特典吟味したりって楽しそうなのした記憶ないけども……まぁ前世のこと覚えてないし。


たぶんあのとき、車が暴走するって強く思い込みすぎてただけなんだ。


そうだよ、そうじゃなきゃただの女子高生が全力で走ったからって車を追い越した先の子を助けるとか物理的に無理だし。


それに「速度的にも、打ち所悪くなきゃこの子も死んだりしなかっただろう」とも言ってたし……や、この子だからそのまんますてんって頭から打ちそうだけどさぁ。


だから僕は安心させようと、包帯で巻かれた両手をわきわきして見せて――――


「だからどこも痛くな――わぷっ」


「良かった……ほんっ、とうに……っ」

「……今の、重病人にやってたら今ごろ大惨事だよ? まったく……」


ひしっと抱きついてきた――みぞおちに飛び込んできたとも言う――黒木さんをの頭をなでなで。


結構腹筋に力入れても「ぐぇ」ってなったから、これ、普通の女の子にやっちゃダメだからね……?


うん、まあ、さすがにこの子の立場になればこうなるのは当然か。


助けられたのが僕だったらきっと、罪悪感とかですごいことになるだろうし。


「生きてる……生きてるっ……」

「はいはい、生きてるから」


あれ?


そういや飛び込んできたとき、メガネしてたっけこの子?


あのとき眼鏡さんは名誉の戦死を遂げたんだったっけ?


貴重なメガネ属性が討ち死にされてしまった。

こんなに悲しいことはない。


けどご主人のこと守れたなら良いよね?


……んー、とっさのこと過ぎて覚えてないや。


「わたっ、わたしみたいな他人を助けるために……っ」

「うーんと、私の妹の友達だし?」


「うぅぅ……ぇぇぇぇ……」

「あー、はいはい」


あー、女の子はこういうとき止まらないからなぁ。


男ならぐっと泣くの我慢してくれるんだけど、女の子はなぁ。


まぁしょうがない、貴重な女の子を助けられたと思えばね。


――正直あのときの僕は「2度目の人生の僕と1度目だろう彼女」を天秤にかけ、すぐにこの子を取っただけなんだけどね。


だってほら、僕はズルしてるわけだし。


前世の知識のおかげでこの子みたいに対人関係で苦労もしないし、前世の経験の記憶――つまりは精神年齢的な経験で、少しだけ年上なのは事実だし。


「今回みたいなことは早々ないと思うけどさ、大切な本は落ちついた場所で読みなよ?」

「はいぃ……」


「この前貸してくれたみたいに、発売の次の日に貸してくれたりしなくても良いからさ。 本は逃げたりしないからさ」

「はいぃ……っ」


ぼさぼさな髪の毛――ろくに梳いてないもんだからつむじのあたりでそれなりの数が静電気で浮いてるのがチャームポイント――を、ぽんぽんってあやしてあげる。


「……? 本……それって、銀藤さ――」


ぽそぽそとまたひとりごと。


この子のことだから、きっと「もっと撫でて」って鳴き声のはず。


「気にしない気にしない」

「あ……ふぁぁ……」


懐いてきたハムスターをあやすように、優しく優しくなでくりまわす。


撫でてあげると「ふぁぁ」とか「ふにゃあ」とかナチュラルに小動物系の鳴き声発してるし。


うんうん、この子はこうしていつまでも小動物で居て欲しいからね。


ひ弱なハムスターの命を守れたんだ、誇らしくしないとね。



◆◆◆



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