22話 女の子をたぶらかして回って捨てるひどい男が居るらしい
「……って感じで、最近クラスの雰囲気がめっちゃいいのは嬉しいんですけど」
「………………………………」
もはや癒やしでなくなりつつある学校を終えて放課後。
「クラスのカースト……って言うんですよね、今って。 その上位の女子たちのリーダー格たちが来るもんだからそのグループの子たちも集まってきて、んでそれに釣られておんなじように運動部の男子とかも集まるようになっててー」
「………………………………」
流行り始めなメイクの研究をしながら、いつものように店長さんから聞かれる学校でのいろいろを話してたら、いつの間にかに愚痴になってる。
「正直落ち着かないんですよねぇ。 僕はこう……もっと静かで地味な生活が好きなんですよ」
「………………………………」
「地味な学生生活、良いですよね。 幸いうちのクラスは最初から仲良い方なので、女子同士でも何かあったりするわけじゃなかったですし……もっとこう、そっとしておいてほしいんですよ」
「…………その割には『インフルエンサーなアキノちゃん』はいつも元気だけど」
「ほら、学校で静かな成分チャージしてるので」
「……そう……」
顔を上げると、なんだか複雑そうな顔の店長さん。
せっかくの美人さんなのに台無しだ。
「……あー、でもおかげでハム……静かなグループとパリピグループが仲良くなり始めてるのは良いんですよ? 陰と陽が混ざるって言うか、陰陽マーク的な」
「んー、明乃ちゃんの言うことはときどき分からないわぁ。 けど」
「?」
店長さんが、ぽんっと肩に手を乗せてくる。
肉体は男だけどどこからどう見てもどう聞いてもどう話しても年上の女の人で、僕みたいな肉体的な異性に対しては極力触ったりしないようにしてる人なのに……珍しい。
「明乃ちゃん? その……護身術とかやったことある?」
「? はい、通信教育で多少は」
通信教育は万能なんだ。
今どきだから動画で何度でも、しかも基礎まではタダと来ている。
やる気さえあれば中級者レベルには到達できるんだ。
「その……ほら、最近物騒だし、本格的にやっておいた方が良いんじゃないかしら? あの人からの『アルバイト』とかすることもあるんだし……」
「……まあそうですね。 この前もあんなことあったばっかりですし」
そういや紅林さん、あれからこのへん来てないらしいね。
ちゃんと学習できる良い子なんだね、あの子は。
「ええ、私からも彼に話しておくわ。 ……特に刃物相手には」
彼……ああ、綺麗な長い包丁持ってるおじさんのことね。
「けど……刃物?」
真剣な顔つきの店長さん。
こういうときの顔は、ちょっとだけ男の人の面影がのぞく。
「……今どきは女性、ううん、明乃ちゃんと同い年くらいの女の子でも……ええと、ヤケになる事件が多くてね? ほら、多感な時期じゃない? それで昔よりも精神的に追い詰められることが多いじゃない? 特に恋愛沙汰とか。 そういう女の子はためらいなく刃物で……包丁とか、ハサミでも急所を狙ってくるからね?」
「何かやけに具体的ですね」
そしてやけに早口だ。
「ええ……ほら、ホストの事件とか多いでしょう」
「あー、女の子に惚れさせてからぽいするあれですね」
「………………………………」
「まったく、ひどいやつらも居たものですよね。 女の子はもっと大切に扱わなきゃいけないのに」
「……そうね……」
僕は義憤に駆られ、その刺す決断に至ることになった女の子たちのことを思う。
「女の子を何人も同時に攻略したりしてその気にさせて、けどやっぱ要らないわってポイ捨てするとか男の風上にも置けませんよね!」
「……ええ」
「どうせやるなら気合と根性で全員納得させる話術とテクと財力用意しろってことですよね! 振るなら振るで、自分が悪者になって愛想尽かされる演技くらいしろってんですよね!」
「…………………………ええ」
苦しそうな表情をしている店長さん。
精神的同性に対して真摯な彼――彼女だ、きっとそういう子に会ったことがあるんだろう。
優しい人だもんね。
「……だからね? そういう場面に遭遇したときに対応できるように」
「なるほど! それで男刺しちゃう女の子がかわいそうですからね!」
「……男の方は?」
「いや、その気にさせてやっぱやめたってやつのことなんか1ミリも気にならないですね」
「…………………………そう……」
「そうです!」
まったく、悪いやつらも居るもんだ。
僕はぷんすこしながら鏡に向き直り……ふむ、このファンデ、いいかも。
◇
「ありがとう、買い物に付き合ってくれて……ほら、やっぱり男が1人で女性服売り場に居るとあまり良い顔されないから」
「何言ってるんですか、店長さんはどこからどう見ても美人さんですし、パス度めっちゃ高いんで、下着売り場でも怒られたりしませんよ。 自分から男って言わなきゃ何も問題はないです」
店長さんと少し離れたところのお店に行って、一緒に服とか化粧品とか見て回ってきた帰り道。
うん、普段からお世話になってるし、店長さんも美容にくわしいから僕も助かるし。
肉体的男性・精神的女性と肉体的女性・精神的男性な僕たちの組み合わせとか複雑極まりないものだけども、少なくとも標準的な女性よりはオシャレにくわしいことは主張しておく。
女の子を楽しみたいのは女の子も男もおんなじなんだから。
「……そういえば明乃ちゃん。 さっきの話だけど……女の子は力がないでしょう? そんな子が相手を刺そうとするとき、どこを狙うか分かる?」
せっかくさらにオシャレになってるんるんな気分だったのに、急に刺す刺される話に戻ってちょっとぐぇってなるんだけど店長さん……。
でも、そうだなぁ。
ヤンデレものとかでの定番って言えば。
「身長差的におなかと胸、首ですかね」
「そう、そして力も必要とせずにひと突きで――力がなくても致命傷になりやすい場所よ」
「まぁそうですね。 あなたを殺して私もってまでなってたらそこ狙いますよね」
「ええ……だから護身術は、まずそこを重点的に教わった方が良いと思うの」
「? なんで僕が?」
「………………………………」
信号待ちの交差点。
信号機を見るでもなく、僕の顔を――身長的に見下ろしてきている店長さん。
その表情が、いまいちよく分からない。
「というかさっきから何で――――」
――そのとき。
無駄に高スペックな――と言ってもしょせんは「中学生まで毎日走ったりして体鍛えてて、運動神経も反射神経も良い女の子」としての範囲だけども――僕の目が、視界の影で「それ」を認識する。
信号が黄色から赤になって――青になる瞬間。
交差点の反対側に、手元の――本を読みながら信号待ちをしているらしい子。
高校生くらい。
背は低め。
ビン底メガネ。
ぼさぼさの髪の毛。
猫背。
ジャンガリアンハムスター第1号。
そして――交差点直前でから急加速した車が急にハンドルを切り、あの子の居る歩道の方へ――――――――。
◆◆◆
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