20話 白鳥さんと冤罪君(きばくそうち)
「おふたりともっ! ……ほんっとーにありがとうございました!」
「いいっていいって、あの場面なら誰かが助けてただろうし……ね?」
「ふひっ……は、はいっ……!」
「……その挙動不審っぷり、直した方が良いと思うよ……?」
電車内で白鳥さんを保護して、悪いおじさんを確保。
駅に着いたら速やかに正義感の強いリーマンたちにより最寄りの駅員さんへスクラム組んで連行されたおじさん。
OLさんたち――今はそう呼ばないんだっけ――に囲まれながら歩いた白鳥さん、そして第一発見者な僕たち。
みんなで詰め所的な場所行ったりおじさんが抵抗したり、お巡りさんが来たり泣き落としと逆ギレかまされたり。
いろいろあったけども状況証拠も物的証拠も完備、さらに悪い悪いおじさんには同じ前科があったことでスムーズにお縄。
その後の手続きとかいろいろのことは、すぐに駆け付けるらしい白鳥さんの親御さんたちがやるらしい。
いくぶん良さそうにはなってたけどもまだ顔色悪そうだった白鳥さんはと言うと……親御さんが来るまで少しかかるし、知り合いなら話が早いってことで駅前のカフェに連れてくことに。
あとついでに挙動不審な彼も引き連れて――無害そうだし、他ならぬ彼女がお礼したいって言うし――紅茶とかがぶがぶ飲ませてケーキとか食べさせてひと息。
「本当に怖くて……真後ろに男の人が居るだけで、動けなくなって……っ」
「分かるよ、怖いよね」
ようやくに普段通りになった白鳥さんが、頭を下げてきている。
……トラウマできてそうだけど、大丈夫かなぁ……?
「あの人……この前も私を触ってきて……」
「あー、やっぱ手癖悪いヤツだったかー」
「女の子の……えへぇっ、敵だね……!」
「……それ、直らないの……?」
なんか、どのハムスターたちとも違うタイプの彼。
ちょっぴり距離取りたくなる気がするけど我慢我慢。
「私は気にしないですよ? 人と話すのが苦手な子とか慣れてますし」
「あー……私の妹とか?」
「あ、あはは……友達思いの優しい人だと思いますよ……?」
やばい、この子ほんといい子なんだけど……挙動不審の彼が助けたってこともあるんだろうけども、ドン引きもせずに普通に話してるし。
天使かな?
「けど、びっくりしちゃいました。 お姉さんとまた会うだなんて」
「そうだね」
「あ、そういえば、今日は学校じゃないんですか?」
「ソウダネ」
あ、やばい。
「そう言う白鳥……ちゃんは、どうしてこの時間に? もう1限入ってるよね?」
「あ、はい。 今朝はちょっと具合悪くて……でもお薬飲んだら大丈夫そうだったので、ちょっと遅れてるけど行くことにしたんです」
呼び方で迷ったけども自然に話題を誘導。
そしてサボることとか考えない、学生の鑑な白鳥さん。
うん……普通に良い子だわ……そして僕は普通に悪い子だわ。
「えっと、それで」
「あー! そういや挙動不審の君! 君は学生でしょ!?」
「ふへっ……う、うん、僕は普通に寝坊して……こっそり潜り込めば間に合いそうだと思って!」
「……私服じゃない? それ」
「あふっ、そうだよ、大学生だからね」
ちょっと抜けてるけど普通に良い学生だった。
あと年上だった。
どう見ても垢抜けない中高校生な雰囲気なのは、多分言動と服のセンスが9割。
けど今さらだし、普通に話していっか。
「……んで、聞いても良い? 君……お兄さん、この前私のおしり、触ってたけど」
「え!? お姉さんも痴漢に!?」
「ち、違う! あれは確かに……だけどあれは……!」
この前の痴漢未遂。
反応的に初犯で衝動的だったから見逃したつもりなんだけど……。
「……君のスカートにね……ふんっ……うう……!」
「うんうん」
挙動不審で息継ぎヘタだから変な声出てるけど、今は気にしない。
それよりも、あのときのことを教えてほしいな。
更生したのか、それとも僕の勘違いだったのか。
勘違いだったらさ、これからはもっとおしりの感覚研ぎ澄ませて確証持ててから反撃しないといけないし。
「……女の子には言わない方が良いと思うんですますけど!!」
「うんうん落ち着いて落ち着いて?」
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
しん。
「痴漢」ってワード+彼の大声で静まる周囲。
「あと、これ……こんな飲食店で言わない方が」
「さっさと言って、小さい声で」
「あ、はい……その、実は……」
――――――――――黒くて触覚があって脚が多くてかさかさ動くアレ。
いわゆるアレ。
「う゛ぇ゛」
「まぁっ」
「……が、着いてたんだ……僕が見たときにはちょうど、スカートに……こ、これ言うと君も車内も、パニックになると思って……」
「うん、そりゃあもちろんなるよねぇ……んで、払ってくれたところを私に気づかれた」
「うん……信じてくれるかどうかは」
「や、信じるよ? 挙動不審なのは普段からみたいだし」
「……女の子相手じゃなければここまでじゃないんだけど……ふへっ」
不器用すぎるけど、不器用すぎる人がこんな作り話みたいな言い訳時点で1周回って信憑性あるし。
それに、虫とかって電車で移動するもんだよね……人の服にひっついて。
僕の中身は男だから家の中で見つけて退治するのは平気だけど、さすがに自分の服にってのは普通にびびるよねぇ……。
……あれ?
何かがおかしい気がするな。
んー?
いや、別におかしくはないか。
あのときは制服だったけど、結構近くで会話したわけだしなぁ。
うん、気のせいだな。
きっとそうだ。
「あ、じゃあこの前の証拠写真消しとくね、冤罪だったみたいだし」
「……まだ残ってたんだ……」
「うん、2度目があったら今日みたいにしようとしてたし」
「ア、ハイ」
「さすがお姉さんですね、抜け目がないです!」
あ、素で白鳥さんのこと忘れてた……まぁいいや、なんか熱心に聞いてたし。
うん、僕の話に移ったりしてたからか、白鳥さんももうすっかり普段通り。
結果オーライってことで。
これなら大丈夫そうだね。
「……じゃ、私はそろそろ。 君もでしょ?」
「えひゅっ」
「あ……そ、そうですね……私も、学校に……」
「無理しなくても良いんじゃない?」
「いえ、大丈夫です。 すっかり元気になりましたから!」
立ち上がった僕に釣られ、教室で見る通りの活発さを取り戻した彼女。
「……それに、お姉さんに助けてもらいましたからっ」
「そ。 ならよかった」
多分かわいい女の子としての無意識できゃるんとしている彼女。
ああ、君は持てる者として完璧だね。
「ふへっ……尊い百合……!」
そして――ああ。
君はいいやつだけども残念なやつなんだね。
「あ、あのっ! お礼とかっ」
「私は良いよ、同じ女として当然だし」
中身は男だけどね。
「それよりも彼にしてあげたら?」
「至近距離で清楚系JKの百合堪能した代金にはおつりが……ふへっ……あ、1万くらい渡そうか……?」
「それ、人に見られた瞬間に人生終わりますよ、お兄さん」
ああ、残念だね君は。
けど確かに堪能してるらしいし、本人が納得してるならいいや。
「あ、あのっ! お姉さんの連絡先とかも」
「あーごめん! 約束があるんだった! じゃあね!」
やっば。
姉妹設定にはしたけども肉体は1つだし、つまりはスマホだって1台――普段使いのは――しかない。
だから交換したらバレちゃう。
ほら、入学式の後にクラスでグループにみんな入ってるし、女同士で「ごめーん、スマホ壊れちゃってるー」は通用しないし。
こういうときは逃げるの一手だね。
「……はぁ、やっぱり綺麗な人……しかも格好いい……」
「痴漢も捕まえられたし、冤罪も晴れたし、さらにおかげで尊い百合が……今日は最高だ……」
ちらりと振りかえると、なんだか恍惚としている2人の顔。
……残念な彼はともかく、白鳥さんが元気そうでなにより。
いやぁ、今日は良いことした。
そのうちなんか良いこと起きそう。
そうだなぁ、たとえば女の子が好きとか女の子もいけるタイプの女の子と出会えるとか?
そんな妄想してたからか――僕は、挙動不審な彼の言っていた重大なことに気がつきかけたのに――完璧に忘れた。
それが近い将来、目の前で爆発するとも気づかずに。
◆◆◆
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