19話 白鳥さんと痴漢さんと

がたんごとん。


いやぁ、マジメってのは難しいよね。

大学でサボれるっていうのを本格的に覚えちゃうとさ。


そこから社会人になるとまた毎日の当校――じゃなくて出勤が大変なんだ。


そんな知識がある。


――だから僕は、まだ高校生だけどもわりとサボる。


なんなら小学生時代からちょくちょくサボってた。

もちろん怒られない範囲で。


ほら、子供ってしょっちゅうカゼ引いたりするし、そんな感じで。


人生も2回目ともなるとけっこう雑になるんだ。


そんなわけで僕は揺れる電車に乗っている。


――学校のある平日に、私服で。


いや、理由はあるんだよ。


ほら、なんかあの3人、あの日からなんかとにかく見てくるようになったし……視線が苦手なはずの黒木さんまで、すきならばのぞきこんでこようとするし。


だからカゼってことにして休んで冷却期間。


あの子たちも毎日が忙しいんだ、こうして会わない日挟めばすぐに忘れてくれるでしょ。


「ふぅ」


「………………………………」


朝は朝でも、普段より1時間遅い――学生服の割合が減ってスーツだらけになる車内。


まぁね、もう授業は始まってる時間だし。

みんながマジメにやってる中、こうしてだらだらしてるのが最高なんだ。


さーて、今日は何するかなー。


とりあえずで店長さんの知り合いのお店に顔出すつもりで電車乗ってるけど、ノリで家を出たから連絡もしてないしなー。


あ、親?


今世の両親は朝早く会社行っちゃうし、放任主義だし。


放任主義っていうか、僕がやらかしたの反省してるから大丈夫だろうって思ってくれてるだけだけどね。


「……っ………………」


今日は私服。


一応繁華街行くからそこそこ着飾って、もちろん伊達メガネもつけてないし、猫背してないし、髪の毛もちゃんと梳かしてる。


「……っ…………っ……」


――だから、声をかけないつもりだったんだけども。


普段よりはいくらか圧縮度の低い車内。


立ってる人たちの中に――白鳥さんが居て。


なぜかこんな時間に――もちろん制服で立ってて。


そして――うつむいて、じっとしている。


ちょっとだけ見える顔には汗――そして青ざめてて。


「ふぅっ……ふぅっ……」


その真後ろには――鼻息の荒い、いつぞに見た、彼。


「……はぁ……」


まったくさぁ、痴漢なんてやめてよね。


おとなしそうな子に勝手に触るってだけで大犯罪、しかも大抵は泣き寝入りするから好き放題、さらに学生相手なら時間も路線もそうそう変えらんないから何度でもターゲットにし放題。


そんな、女の敵。


さらにはそのせいでほとんどの無害な男まで一緒くたに痴漢疑われるってことで、男からも敵っていうどうしようもない手癖の悪さ。


そのせいで痴漢を巡って男女の対立まで起きてるくらいだし、ほんっとみんなの敵だ。


触られる子は怖くて何も言い出せないし、触る方だけ満足するし、周囲からは見えないことも多いっていうかそもそも今はみんな手元に夢中で見ていやしない。


しかも捕まえたら捕まえたで騒ぎになるし、めんどくさいし、駅員さんとかお巡りさんとのあれやこれやでヘタすると午前潰れるし。


全てにおいて迷惑極まりない災害みたいな存在だ。


けど――同じ学校の生徒ってだけでも、いや、今世で同じ性別ってだけでも助けに入らなきゃって理由になる上にクラスメイト――しかも、何回か話した相手。


普段は誰とでも元気に話して明るくって良い子――なのに、今は青ざめてて泣きそうな顔してて。


だから僕は、電車の揺れに合わせて少しずつ人をかき分けて近づいて行って。


「……っ………………!?」


――彼女と、涙で潤んだ彼女の目と、合って。


「しー」

「……! ……!」


口の前に指を当てて、証拠を逃さないようにして。


「ふうっ……ふうっ……!」


「………………………………」


――こくり。


目が合った「もうひとり」と無言で意思疎通をし、お互いにスマホを取り出し――ぱしゃり。


「……はーいおじさん、痴漢はダメだよー」

「なっ!? え、冤罪だ!!」


あー、ダメですねー、この人初犯じゃないですねー。


瞬時にこの反応はアウトですねー。


ざわざわ。


みんなの視線が、いっせいに刺さってくる。


「君っ! 痴漢冤罪は犯罪だぞ! なんの証拠があって」

「や、スマホで撮ってたんですけど。 その子のおしり触ってるの」

「ね、捏造だ!!!」


あー、うん。


常習犯っぽいし、手打ちにする理由無くなったわ。

しかも「はっ」とか見下した顔してくるし。


これは女子を獲物としか見ていない目だわ。


「そ、そうだ! お前たちはグルなんだろう! 私みたいな中年男性を――」


「ぼ、僕も見ましたっ! この腕で……しゃ、写真も……ほら!」

「何っ!?」


「息の荒い彼」が、反対側から痴漢さん――おじさんの腕をつかみ上げる。


「な、何をする!?」

「ひぃっ!? い、いや、僕はその子が痴漢されているのを……!」


「その手のひら。 調べてもらえば――その子のスカートの繊維、ついてるはずだよね」


おじさんから振りほどかれそうになってる、彼。


汗はだくだく、鼻息は荒い、顔は真っ赤。


――まるで彼の方が痴漢って言われたかのような反応。


だけど、


「現行犯で目撃者は2人。 写真も2方向から」


そうして――ようやくに不利を悟ったらしいおじさんは、ようやく挙動不審になり始める。


「いや、私は……違う! これは何かの――」


「おじさん」


僕はそっと――倒れ込むように抱きついてきた白鳥さんを抱き返しながら、言う。


「女の子に怖い思いさせて――――――タダで済むと、まだ思って」「そ、そうだぞ! 痴漢は最低なんだ!!」


「……お兄さんはうるさいからちょっと静かにねー」


せっかくトドメを言おうとしたところに被せられたけども、もはや場の空気は完全に僕たちの味方。


「ま、待て! 冤罪だ! べ、弁護士を!」


「その兄ちゃんの写真見る限り冤罪じゃなさそうだぜ?」

「悪いが拘束させてもらう。 現行犯なら私人でも逮捕できるんだ」

「俺は大学までアメフトをやっていたんだ、逃げたら痛い目に遭うぞ?」


「怖かったわね……大丈夫? 気づかなくてごめんなさいね」

「この席座って!」


「……ぁ」


ぽつり。


僕に抱きついてからもずっと顔を伏せていた白鳥さんが、ようやくに顔を上げ。


「……ありがとう……ございます……っ!」


――涙に濡れたその顔は。


うん。


不覚にも……扇情的だった。


ごめんね白鳥さん、僕も男なんだ。


抱きつかれて見上げられてそんな顔されたら、ちょっとだけむらっときちゃうんだ。


優しい系美人さん、しかもまだ高校1年でこれからさらに美人さんになるだろう彼女。


そんな子のこんな顔見たら誰だってそうなる。


男ならそうなる。

なんなら女だってそうなる。


だから仕方ない。


僕は悪くない。


よし。


「大丈夫、大丈夫だよ」


ぽんぽんと背中を叩きつつ、僕は紳士に淑女に席へ連れて行く。


「よ、良かったね……! ふぅっ……! ふぅっ……!」


「……お兄さん、勇気出したのはえらいけどさぁ。 もうちょっと落ち着かないと、お兄さんこそ冤罪で捕まると思うよ……」


挙動不審で息の荒いお兄さん――初犯で反省したか、それとももしかしたらあのときも冤罪だったのか。


それはともかく……せっかくの優雅なサボりの日は、彼と僕で白鳥さんを助けることができた朝になった。



◆◆◆



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