17話 修羅場は一旦キャンセル

「ごめんなさいっ! 銀藤さんのお姉さんだと知らなくって!」


「お、おおおおおお姉さん……!」


「あっははーいやーごめんね? 僕の妹、学校のこと何にも話してくれないからさー」


そういうことになった。

そういうことにした。


「……そっか。 お姉さんなんだ……通りで声とか雰囲気似てると思った……けど、確かにあの銀藤ちゃん本人とは到底……」


紅林さんは……良かった、疑ってないみたい。


まぁね、普通、あえてジャンガリアンハムスターになってるだなんて想像できないよね。


そんな僕の背中は汗だくだく。


でも顔は涼しく。

言い訳をするときの鉄則だね。


それにほら、僕ってばさ?


前世があったって記憶があるわけで?


だから今世と前世で2個セットなわけで?


つまりは魂は1個だけど実質2個分の経験があるわけで、それはつまり二重人格とか姉妹とかそれでもおかしくないわけで?


実際小さいころ心配した親にそういうとこ連れてかれたし?


なんなら前世・今世のハムスター・今世のアキノの三重人格でもおかしくないわけだし?


実際たまーに年齢と男女の意識の差で困ることあるし?

学校と放課後、家では全部人格使い分けてるし?


だから何も間違ってないし嘘でもない。

僕の中では間違いなく嘘じゃないから大丈夫。


よし。


自己確認完了っと。


やー、でも間一髪で助かった感じー。


目の前にはくわしい説明のために紅林さん、そして両側に座ってもらった白鳥さんと黒木さん。


決して僕の両脇で盾になってもらったわけじゃない。

そんな目論見はちょっとしかなかったんだ。


何よりこの子たちが、ささっと回り込んできたからね。


僕はそれをただ見てただけだからなにもしてないんだ。


「でもそっかそっかなるほどなるほどぉ。 君たちは同級生なんだね!」


僕はごく自然に「この子たちの1歳年上のアキノちゃん」を意識する。

「ジャンガリアンハムスターな銀藤」のコミュ強な姉を。


「はい、白鳥優花と言います。 同じクラスで……あんまり接点は無かったんですけど」

「そ、そそそそうです……あ、あの、黒木、美緒……はいぃ……」


ああ、黒木さん。


君はなんて黒木さんなんだ……癒やされるよ。

あと白鳥さんも普通に良い子でほっこりするね。


おかげで紅林さんのどす黒くなってた雰囲気がちょっと落ち着いてきて、ほんと助かった。


なんでこんなとこに2人がいるのか分からないけども、君たちは僕の恩人だよ。


「そもそも紅林さんもどうしてここに? 確か学校から見て逆側よね?」


「あー、うん。 友達のママの車に乗せてもらって、みんなでお昼でも食べようってうろついてたの。 そしたらアキノちゃ……さんを見つけた感じ」


あー。


なるほど、それで紅林さんがこっちに来てたのか。


「そういう黒木と白鳥は? 白鳥はまだしも黒木は?」

「ひぅっ……」


紅林さんの視線と興味が普通に移動すれば普通にびびる黒木さん。


ちなみに僕と目が合っても普通にびびる。


ちょっと傷つく。


「もうっ、怖がらせないの。 私、昔はこっちに住んでたからたまに来るのよ。 で、本屋さんのぞいたら黒木さんが居たから声かけてって感じかな」


おおぅ、すごいコミュ力。


学校じゃほぼいつも黒木さんたちと一緒に居るけども、確か黒木さんたちが白鳥さんと会話してるの、プリントとか係のとか以外じゃ見たことないのにね。


白鳥さんみたいな子は人と接するのに抵抗とか皆無だし、何回か話したら一方的に友達認定だからなぁ……黒木さんたちとは真逆で。


そして明らかに居心地悪そうな黒木さん……ごめんね、巻き込んじゃって。


でも君は僕の大切な心の支えなんだ。


癒やしっていう支えだね。


やっぱり君は僕の大好きなジャンガリアンハムスターなんだ。


「……ふぅ。 んで、アキノちゃんはこの近くってことですよね」

「あ、うん、そうだね」


あ、近くに住んでるって言っちゃった……まぁいいや、姉妹設定だし。


「銀藤ちゃんとは? ……って聞いていいんですか。 その、姉妹なのに……」


うん、やっぱそう聞いてくるよね、紅林さんは。


「あー、うん……分かるでしょ? ほら、僕の妹の普段知ってるなら」

「あー」


「普段の僕」と聞いて、すぐに苦笑いになる紅林さん、困った顔をする白鳥さん。


「……お姉さんってラフな格好でもおしゃれなのに、なんで銀藤さん……ええと、妹さんに……その……せめて美容院に行くとか……」


「『そういうのは怖い』って嫌がられちゃって」

「わ、分かる……はっ! わ、分かりますぅ……」


反射的に同調してくれた黒木さんが目の保養。


ビン底眼鏡が普段よりも輝いてるね。


「多分、この子と仲良し……なんだよね? ってことで、そういうのに興味ないんだよ、僕の妹」


「なるほど……けど、姉妹なら顔とか」

「似てたわよ? 眼鏡越しだけど、近くで見たらそっくり」

「え? マジ?」


あ、やっぱ観察されてた。


白鳥さんってちょっと危険かも……身バレって意味で。


「そ、そうですよね……ま、前髪とかメガネの隙間からときどき顔が見えるから、私も知ってて……」


えっ。


「まぁ体育のときとか、着替えのときにメガネとか外してるし……いつも仲良さそうだから知ってるわよね」

「いえ、着替えのときは私もメガネ、は、外しちゃうので……」


え、そうなの?


じゃあ普段から見えてたってこと?


「アキノちゃんの妹なら間違いなく美人よね? もったいなくない?」


「い、妹は外見とか興味なくって、1日中、本にかじりつくか動画漁ってるだけだから……」

「で、ですよね……私と同じだから……」


うん、オフの日はジャンガリアンハムスターな生態だからね。


「そうねぇ、私だったら人気者のお姉さんと一緒にー、とか考えちゃうなぁ。 少なくとも学校で自慢くらいしちゃうと思……いますっ」


きゃぴっと無自覚でかわいいポーズしてる白鳥さん。


「妹は妹ってことでさ。 けど、そこのメガネの子……黒木さんとは仲良いみたいだけどさ。 もし良かったら……適度な距離感で仲良くしてやってくれるかな。 適度な距離感でね?」


「もちろんです!!」

「はい、私も……そうね、距離感が大切よね……」


そうそう、適度な距離感が大切だよ。


じゃないと僕が困るからね。


「それじゃ、私はそろそろ帰らないとだから。 みんなはこのまま楽しんでね」


いい感じに場があったまってきたところで席を立つ。


こういうのはタイミングだ。


タイミング逃しちゃうと逃げられなくって、設定煮詰めてない今だとボロ出ちゃいそうだから。


「わぁ、長いポニーテール……」


「白鳥ちゃん、このチャンネル見てないの? 普段のアキノちゃんはねー」

「し、白鳥ちゃん……?」


「銀藤さんの、お姉さん……はぅ」


自然な形でフェードアウトは成功。


年上だし用事ありそうだしって雰囲気醸し出したからか、違和感なくそのまま3人で話し始めてる。


よしよし、ついでに黒木さんもかわいがってやってね。


ごく自然な形でお店を出て……ふぅ、命拾い。


刺されるとかしなくって良かったー。


「アキノちゃんさん……3股ですか? 年下の女子を?」

「違うよ?」


「誰が本命……それともハーレム宣言って感じ?」

「違うからね?」


「刃物対策でおなかに何か仕込んどいた方が良いっぽい?」

「大丈夫じゃないかなぁ」


「今みたいに初対面の女子でもあんなにとろけさせるんですねー」

「……違うからね」


カフェの外。


修羅場を期待してたギャルたちは……何か別の方向に楽しんでた。



◆◆◆



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