14話 本屋さんで嬉しそうな黒木さん

「ぎ、銀藤さんって……いつも帰り、早いけど……帰って何、してるのかとか……」


「? 黒木さんだって帰宅部仲間でしょ? まぁお互いに適当な部活に名前だけ置いてる幽霊部員だけどさ」


HRが終わり、部活とかある子がさっさと出て行ってて、あと5分とかしゃべりたい子が残ってて。


そんな放課後の教室。


いつもなんとなくでできる、ハムスターたちの帰宅部集団に混ざろうとしてたら、なんかまだ帰らないっぽい雰囲気のビン底眼鏡さんが話しかけてきた。


「だ、だって……いつも途中で、はぐれちゃうから……」

「うん、私、隠密使えるからね」


「お、隠密……?」

「……ごめん、冗談……そ、そう、昨日読んだ小説のキャラがさ……」


滑った。


や、ハムスターたちの笑いのツボって結構厳しいからなぁ……。


けど、さすがにほぼ毎日一緒に帰って――るフリして途中離脱するのは違和感あるか。


そりゃそうだ。


まぁしょうがない、たまには放課後に一般的にはいかがわしい雰囲気のお店行かずにのんびり帰ってのんびりだらだらハムハムしてても良いよね。


そういう日だってあって良い。


だから今日はアキノちゃんもお休みだ。


まぁ毎日お化粧してたらお肌痛むし、ちょうど良いよね。

いくら現役JKだって、お肌はダメージ受けるんだから。


「……そ、それで……帰ってから、忙しいの……?」

「ん? いや、別に? だらだらしてるだけ」


何か珍しく引っ張ってくる黒木さん。


ビン底のせいで――っていうか今どきビン底って。


僕の前世の知識でさえも球面レンズとか非球面レンズとか、選べば薄く見えるのとかあるはずだったぞ……?


ケチったのか、それとも興味が無いのか……興味が無いんだろうなぁ……その気持ちはよく分かる。


その数万円をオシャレに使う発想は無いよね……そのお金で本とかグッズ買った方が嬉しいもんね……分かる。


実はそういうお金、親に言えば喜んで出してくれるんだけどもそれすらもったいないって思っちゃうんだよね。


分かる。


そして子供が言わないから親も素で忘れると。

親も親で「そういう子供でもいっか」って思っちゃうんだろうし。


美容院も、多分数ヶ月に1回なんだろうなぁって感じだし。


かといって自分で整えてる気配もなし、なんなら枝毛わっさわさ。


良いんだ、そういう人生もある。


少なくとも僕の前世も似たようなもんだった気がするから気持ちも分かるし応援するよ。


……それに、どうせ大学か社会人になるタイミングでお化粧覚えてさ、何かの拍子で美容院とか行ったら美人さんなのバレちゃうだろうし。


そしたらおとなしめ女子が好きな男……ほとんどの男からモテモテになるだろうし。


「え!? クラスでも印象無かったあの子なの!?」って同窓会でよく言われるのになるんだ。


……僕の前世では同窓会、呼ばれなかった悲しい記憶あるけどね。





「………………………………」

「………………………………」


ああ。


素敵なこの時間。

素敵なこの空間。


本屋って最高だね。


「………………………………」

「………………………………」


帰り道――駅前の本屋。


珍しくハムスターの集団からはぐれることもなく、ごく自然な流れで吸い込まれていった本屋さん。


そこには、他のクラスや学校のハムスターたちが群がっている。

ハムスターたちが思い思いに本を物色して真剣だ。


良いよね、こういうの。


だってみんなが心から楽しんでるって分かるし、しゃべらなくて良いし、静かだし。


「………………………………」

「………………………………」


そしてもちろん黒木さんも本に夢中だ。


恥ずかしがり屋さんな段階のハムさんは、あるいはマジメなハムさんは普通の本を見て回ってるけども、気心知れてたりすると普通に属性が偏ってるコーナーに足を運んでいる。


そしてもちろんのもちろん、黒木さんも――実は入学してからそこまで経ってないけども、お気にのジャンルとか教えてくれる程度には仲良いってことで、買いたい本の前で吟味している。


ああ。


なんて素晴らしいんだ。

最高の時間だね。


この子たちの世代だと、本はかなりの割合で電子化してる。


けどもやっぱり本が好きな子は紙の本が好きで、おこづかいはたいてでも紙の本を選んでいる。


特に新刊とか好きだし、シリーズで揃えるのも好き。

にわかじゃないんだ、本物なんだもんね。


……こういうのが好きなんだもん、そりゃあクラスでパリピな動画の話とかしないギャルとかイケてるグループの子たちとは話が合わないよね。


僕の前世じゃ、毎晩のテレビ番組の話しかしなかった層だもんね。

僕の前世時代でもやっぱ話合わなかったんだから、そりゃあ合わない。


根本的な興味が違いすぎるんだもんね……せいぜいが図書室に少しでも足運ぶ子とか、ネットで文章読むのが好きな子とかくらいが限度だよね、話題合うのとかさ。


「あ、ぎ、銀藤さん……」

「ん、それ買う? 待ってるよ」


むふーとごきげんそうな黒木さん。


ぱらぱら見てじっくり見て、んで表皮とか裏表紙とか折りたたまれてるとかとかくるくる回して見てたから、買う意思アリって知ってたよ。


コレクションアイテムだもんね。

ビン底眼鏡の下のお口が嬉しそうだね。


「……銀藤さんは?」

「あー、今月ピンチだからさー」

「……そうなんだ……」


「その本。 良ければ今度、また貸してくれる?」

「! う、うん……明日までに読んでくるから……! 感想も……!」

「い、いや、それ君の本だし……好きなように読んでからで良いよ……?」


ぐわっと食い入るようにてとてと近づいてくるハムスター。


君は本当に愛らしいハムスターだね。


「……だって銀藤さん……本とか貸すと、ちゃんと読んでくれるから……」

「私は雑食だからね。 理解できないジャンル以外は読むんだ」


「あと、綺麗に読んでくれるし……帯とか無くさないし……」

「本の表紙と帯とページを折ったりするのはマナー違反でしょ」


「ぅえ、ぅえへへ……」

「どうどう。 静かにね」


本好きの何かをくすぐっちゃったのか、急に声が高くなるハムスター。


うん、分かるよ。


普段テンション上がるのが1人での時間が多いもんだから、周りに配慮したテンションになれないんだよね。


あと、テンション上がるのも少なめだから、1度上がるとなかなか抑えられないんだよね。


うんうん、分かる。


そんな不器用な君たちが好きだよ。


ほら、前世の僕も非常に満足してるもん。


「だから銀藤さんのこと………………………………き」

「え?」


「ぅえ? ……な、なんじぇもなひゅっ!?」

「はいはい、レジにご本持ってこうねー」


このままだと他のハムスターの前に店員さんが寄ってきちゃう。


僕は、僕が所属するハムスターグループの中でも滅多に感情表現しない黒木さんが、なぜか顔を急に赤くしてるのを回れ右させて背中を押しながら――これ、ハムスターを両手ですくって救出するのに似てるな、なんて思ったりした。



◆◆◆



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