3話 僕たちはジャンガリアンハムスター
僕の机。
そこは、ギャルが占拠している。
「奈々ってば、その髪の毛いつ見ても綺麗よねー」
「綺麗な赤のウェーブとか超うらやましいんですけど!」
「染めると生徒指導うるさいもんねぇ」
「え、これ、中学まではマジメやってたから大変だったんですけど!? ほんっっと、地毛だっての! そう言ってもうちの親呼ばれてさ、ママの髪見るまで信じてくれないしさー」
「………………………………」
いいなぁ、僕の机。
紅林さんってばスカートめっちゃ短くしてるから、その素敵なふとももとおしりが直接密着してるんだもん。
え?
女の子に生まれ変わったのになんでこう思うのかって?
そりゃあ中身が男な以上、感性その他もろもろ男のままだもん。
中学でやらかしたから封印して擬態してるけど、むらっとするもん。
もちろん心の中の――
「……ん? 何?」
彼女の切れ長な目が、僕に注がれる。
しまった、目が合った。
……綺麗な人って、凄むと怖いよね。
「え、えっと……その、席、良いでしょうか……」
まぁほんとは別に怖くないけども「ジャンガリアンハムスターならこうする」って反応、かつ何かの拍子でいじめのターゲットとかにされない反応。
それを、腰が引けた状態で、ぼさぼさな前髪で、伊達眼鏡越しで表現。
うん。
女子は、怖いからね。
うん。
特に、カーストをまたいでの接触は要注意だ。
それなりに自由社会な男とは違って、女は厳格な身分社会なんだ。
目をつけられないよう、無害なジャンガリアンハムスターの1匹として認識してもらわないといけない。
そう……満腹で退屈もしていない状態の猫な彼女たちが、同じ家主にペットとして飼われてる仲間のハムスターくらいの認識でいないといけない。
……これでやらかすと、それをぶち壊すレベルで派手にやらないと、この先の学生生活が地獄になるからね。
それは中学生活でやらかしたから分かってる。
あんなのは二度と御免だ。
「奈々ー、銀藤さんいじめちゃダメってばー」
「そうそう、こんな良い子なんだからさぁ」
「もっと美容に興味持てばかわいくなりそうなのにねぇ。 美容院とか行ってる?」
「え、えっとぉ、私は……」
即座にジャンガリアンハムスターな反応で返す僕。
同種族へは優しいけど、普段は無害なジャンガリアンハムスターが近づいて来たときには厳しい。
場合によっては捕食する。
それがギャルって存在だ。
まぁでもお昼の後だから満腹だろうし、友達同士でひたすらしゃべって退屈してないだろうし、大丈夫――
「――ちょっと、紅林さん? 銀藤さんが困ってるでしょう?」
「げ……白鳥」
そんなギャルへのアンチはマドンナ、もとい真面目系。
そんな力関係の元、ジャンガリアンハムスターな僕を助けようと来てくれたのは、誰に対しても優しく品行方正な白鳥さん。
「そもそも、机に座るのだなんて」
「分かってるってば」
「あと、あなたが銀藤さんを困らせているのはこれで」
「わーかったってば! いつもしつこいの! 別にいじめたりしてないって!!」
優しい系美人な白鳥さんには、謎のカリスマがある。
あれだ、学級委員長とか生徒会長とかにいつもなってるって子って、同級生から見てもなんとなく気後れするよね。
誰とも仲良く話せて何でもできて、先生からも目をかけられてて。
それと反対の性質なのがギャル。
そりゃあ相性は悪い。
例えるなら……犬と猫?
そりゃあ仲悪いよね。
なにしろ群れの、または飼い主のペットたちのケンカとくれば飛んできて仲裁するのが犬だし。
そういうの、動画で見たし。
そんなわけでわんこがにゃんこを叱ってジャンガリアンハムスターを助けてくれる。
「銀藤さんもよ? 紅林さんたちだって別に悪い子じゃないんだから、普通に『どいて』って言えば良いの」
ただでは助けてくれない様子。
でも――いえいえ、それが言えたらジャンガリアンハムスターじゃなくなるので結構です。
「は、はいぃ……」
コツは、声帯を意識して話し慣れてない感じにすること。
1日じゅう話してない状態からいきなり話す感じでね。
なんなら何日か引きこもった後の第一声なあの感じ。
「……ごめんなさい、言い方、キツかったかしら」
「い、いえ……ありがとうございます」
そう言って視線を逸らすと、ちょっと傷ついた感じのわんこ。
ごめんね、ほんとは怖がってないけども、僕の後ろにひっついてるジャンガリアンハムスターなんかはまず間違いなく怖がってるはずだからさ。
「……ええ、また何かあったら言ってね!」
そう言い残して自分の席へ向かう彼女。
……ジャンガリアンハムスターは、わんこもにゃんこも、人も怖れる存在。
そう思ってもらわないと、静かな高校生活が送れないからね。
「白鳥さんって優しいわねぇ」
「優しいよな」
「誰に対しても優しいもんなぁ」
そして彼女はクラスは元より、学年をまとめ上げる存在。
「本当に綺麗よねぇ……」
「あれでいまだに浮ついた噂ないんだから……」
「野球部の主将に告られて瞬殺だってよ」
「あ、そいつ、そういや紅林にも告ってたらしいぜ」
「マジかよ」
「上級生って怖いな、まだ1ヶ月なのに」
ギャルの紅林さん、高嶺の花の白鳥さん。
彼女たちが目立つたびにそこここで話が盛り上がるほどの美貌。
それに対する、ぼっさぼさで顔もよく見えないし猫背でおどおどして何言ってるのかさっぱりな僕たち。
僕たちに接点らしき接点は無く、あるとしても「その他大勢の中に棲息するハムスターたちの1匹」。
そんなハムスターが、なんか絡まれてた。
クラスのみんなからはそんな認識だろう。
それで良いんだ。
その方が心静まるんだ。
僕にはそういう生き方がぴったりなんだ。
何しろ人生2回分だからね、まず間違いないよ。
「みんなー、席に着けー」
そして、僕たちのちょっとしたことなんてすぐに忘れられ、午後の退屈な授業が始まる。
だるそうにしてる紅林さんも、きりりと先生を見上げている白鳥さんも……隣であわあわと教科書を探してる黒木さんも、先生のひと言で今の出来事は記憶の彼方。
うん。
そうだ、こういうのでいいんだよ。
静かにおとなしく、目立たず、学校生活を全力じゃなく自分のペースで楽しむ。
これが――僕の、本当の学生生活になるんだ。
それがたとえ女子としてのものだったとしても、女子同士の暗黙のルール、そして男子との適切な距離感さえ完璧ならば問題なし。
僕は僕。
今風に言うと陰キャだけど、それが心地よいって感じる魂を持っているんだ。
そんな魂の在り方なんて、たかが女の子に生まれ変わった程度じゃ変わらないんだから。
◆◆◆
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