第28話

 今の時代は暗殺は覆すのが難しくなっている。何故なら相手がノウハウだからだ。人間ではないので、刑務所に送るということもない。僕たちに出来ることはノウハウの脅威を防ぐために一丸となって、ノウハウを迎え撃つことしか出来ないのだ。


 けれど、二つの方法がある。超一流のハッカーがノウハウのプロフィールデータを外部から遠隔操作で、書き換えてしまうということが出来るようだ。かなり難易度が高いが。それには当然、こっちには九尾の狐がいる。但し、暗殺指令を受けたノウハウが姿を現さなければ、それに僕たちが気が付かなければならない。


 それか、危険なノウハウを一足先に破壊するということだ。とにもかくにも、危険なノウハウをいち早く見つけることが第一だ。

 難しいけど、それが僕たちの持つ。暗殺を阻止出来る二つの可能性なのだろう。

 ここで、僕は思う。

 ノウハウも人間と同じく。信用出来ない時があるということだ。

 中には人間にも危険な人物も混ざっているのだろう。

 ただ、人間もノウハウも大勢いる演説の場だから、信用することも大切なのかもしれない。


 僕は今、自分の家の部屋に河守といる。

 快晴の外から柔らかな日差しがアスファルトに照っている。九尾の狐と原田も昨日の夜に34階のキッチンに作戦行動のために来ていた。

 朝食を河守とゆっくりとした後。


 河守も極度の緊張をしているようで、あの河守が顔が少しだけ強張ってみえる。晴美さんもこのぶんだと大変なのだろう。

 僕は胸ポケットにあるデザートイーグルという銃を密かに買っていた。

 弾丸はハローポイントのようなものだ。ノウハウの鋼鉄の体にも通用することが出来る。

「雷蔵さん。もうそろそろね」

「ああ……」

 僕は人間になっても、大変な問題があるのに気が付いた。

 それは、信用だ。

 信じ合わなければ、前に進めない時がある。

 けれども、それが難しいのは昔の僕にも解っていた。

 僕たちは、みんなのいる34階へと向かった。


「雷蔵さん。もうすぐよ……」

 河守は僕に再び同じこと言った。

 34階のキッチンには、窓際のテーブルに九尾の狐が端末を前に砂糖を大量に入れたコーヒーを飲んでいた。九尾の狐の隣に座っている原田は緊張のせいで、テーブルの上の紅茶を一口も飲んでいなかった。


「まずは、暗殺をしようとしている人間かノウハウを見つけることね」

 九尾の狐は端末で、C区の重役のメールをハッキングして閲覧していた。膨大な量のそのメールには、当然社用のことが載ってあり、たまに休日はゴルフをしようと書かれた文があった。

「原田。人間の方は君に任せる。九尾の狐はノウハウを警戒していてくれ」

 僕はそう言うと、河守にここで待っててくれと言って、晴美さんの選挙カーが通る大通りへと拳銃を持った原田と小型の端末をバッグへ入れた九尾の狐と向かった。


 僕の家の正面には、外にはもう大勢の人々が集まっていた。

 それもB区やC区の人たちだけではない。A区の人たちもいる。

 その人々を含め。見張りの警察官たちや警察の帽子を被ったノウハウたちが周囲の十字路の広い道路やカフェレストランや不動産会社。銀行などの建物の二階や付近で警備をしていた。


 人だかりのある電信柱のない歩道を歩いて、信号機を挟んだ向かいの道路にも警戒したが、お祭り気分の人々は至って微笑みが漏れそうな顔をしていた。

 しばらくすると、歩行者天国となった片側三車線道路沿いには、当然、元々白いロープが一本。警備のために腰の辺りに引かれてあり、警備のノウハウがそこへと一斉に並んでいた。


 演説をする選挙カーが数台緩やかに通り過ぎていく。何台もの車両には、今日出馬した選挙をする男や女が大々的に政策やマニフェストを話し出している。様々な拡声器での演説を聞いていると、あのC区の霧島インダストリー社にいた白いスーツの20代の男が選挙カーの屋根の上で人々に手を大きく振って宣言していた。


 その男は興田 道助という名だった。

 興田 守の息子だったのだ。


「皆さん。こんにちは! お年寄りや子供たち。今の時代はその方たちの活躍が耳目を集めています。私の政策のエレクトリック・ダンスでは特にお年寄りやこれからの人々。つまり、これから老後に入る方々にも新しい日本の未来を目指していくことが可能なのです」


 人々は耳を静かに傾けていた。 

 その表情には笑顔が瞬く間に伝染して行った。


「現在。私たち上流階級の半数以上が占めるB区とC区は日本の将来のために、日々の努力を惜しみません。それは、A区のお蔭なのです。A区は今までみんなと支え合い。日々の努めでB区とC区のための援助をしてきました。そうサポート的援助を……。そして、そのA区に……今よりほんの少し……今よりほんの少しだけ……。B区とC区に力を貸してもらえないでしょうか……? 日本の発展のため……。人々の老後のため……。私たちの政策にはノウハウをより人間に近づけるためのスリー・C・バックアップは必要不可欠なのです。老後の人々には高度なプログラムで支えられたノウハウの援助が必要なのです。そう、社会のためにそのノウハウたちと5千万人のお年寄りのために、どうかA区の方たちにお力添えしてもらいたいのです。A区が元気になればなるほどにB区とC区は元気になります!! 皆様、どうかエレクトリック・ダンスという名の日本の未来の政策のために、清き一票をどうか、どうか、よろしくお願いします!!私の政策には皆様の力が必要です!!」


 人々はいつの間にか拍手をしていた。

 僕は少しだけ笑った。

 さすがに相手は政治家だった。


 興田 道助の選挙カーが大歓声の後に緩やかに去っていくと、今度は何台か後に晴美さんの選挙カーがやってきた。


 突然、緊張していた僕の隣の原田が走りだした。

 原田は探偵だ。

 その脚力は常人の域を超えていた。


 白いロープよりの一人の男に原田が人ごみを掻き分けボディアタックをした。すぐさま周囲の人々が悲鳴を上げる。警察の人たちも原田の方へと何人か駆け付けた。

 原田は男から拳銃を取り上げる。警察の人たちもその男を一斉に取り押さえた。

 原田はこちらににっこりと笑って、手を振り。

「拳銃を持つ人には、注意していますから」

 人ごみの中へと埋没していった。

 九尾の狐は小型の端末を脇に抱え、手を振った。

 一難は去った。


 後は一体?


 晴美さんの選挙カーが僕の前を緩やかに通る。

 選挙カーの屋根に立つ晴美さんは緊張しているが、力強くマイクを握った。

 僕は辺りを警戒すると、ここから正面の建物の二階で、警備のため微動だにしなかった一体のノウハウが、突然、選挙カーに向かって大型ライフルを構えたのを目撃した。


 慌ててデザートイーグルを抜くにも、間に合わない。

 そのノウハウに気が付いた人々の笑顔がまた凍りついた。

 けれど、そのノウハウはすぐにライフルを下げて、人間のようにお辞儀をし、こちらに手を振った。

 九尾の狐が僕の隣で、

「うまくいった?」

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