第8話
その夜。
僕は云話事・仁田・クリニックにしばらく入院することになった。云話事・仁田・クリニックは云話事イーストタウンの中央にあって、あの襲撃をされたところから西へ車で、1時間半のところにあった。
マルカは裏の社会に詳しい男に会いに向かわせた。アンジェはすぐに雇ったノウハウたちと自宅の警護(自宅には外に洩れるとまずいものが多い)。ヨハには僕の護衛をさせた。
出血が激しいからと白衣のノウハウが判断して、入院手続きをしてくれた。
弾は貫通していなくて、手術で取り出さなくてはならなくなった。
こんなことになるのなら、最初からマルカ一人に行かせておけばよかったと僕は少し後悔した。しかし、僕はどうしても重要なことはその場に自分が立ち会わなければと思う性格をしていた。
「雷蔵様~お肉ばっかり~~」
手術を終えて、いくらか輸血をしてもらい。白い個室のベットで横になっていると、ヨハが隣の丸椅子で売店から買って来たリンゴを剥いていた。隅にあるテレビからはB区だけの放送をやっていた。
「食べないと~~いけませ~~ん」
ヨハが間延びした声で、僕の口元にリンゴの欠片を突き出した。
「雷蔵様~。はい、あ~~ん」
そんなことをしていると、テレビから云話事町TVが流れた。
「今晩はーー!! まだ寝るには早いっす!! 云話事町TVッス!!」
ピンクのコートを羽織った美人のアナウンサーが、暗くなったB区の云話事イーストタウンを背景にしている。
藤元は呑気に鼻歌を歌っていた。丁度、寝間着を着ていて、お風呂を入りおえたといった感じだ。
夜の10時を回ったところである。
「今日の午前10時頃に、ここB区の云話事イーストタウンで二体のノウハウと二人の男女が、カーチェイス・アーンド・銃撃戦を起こしたッス。周囲の道路は銃弾で穴だらけだったんですが、警察によりますと、今のところ怪我人はカーチェイスをした男だけのようです。警察はこのことを公開しないようにといっておりますので、残念ですが公開はしません。謎の男ですね~。現首相のお蔭でとても平和になったっていうのに、また何か起きるんですかね~~。ね~、藤元さん?」
藤元は神社なんかでお祓いに使う棒を振っている。
「寒くなってきました。少し暖かくしますよ……。お風呂入りおえたんで湯冷めしそうなんですよ……。うぬぬぬぬぬん。それ暖かくなーれ! ……え? その、うーん、と。わかりません……」
藤元の振る棒の回数と同じく。B区全体の気温が上昇してきたようだ。
「それでは、皆さん。今日はお休みなさー……。あ、今日の運勢は。というか、これからの日本を藤元さんやっぱり教えてください」
藤元の顔にカメラが迫ってきた。
少し鼻毛が伸びているが、それ以外はいたって昔と変わらない。
藤元は、少し大き目の本を取り出した。それを読み始めると、
「う~ん、と……。そうですね~……。今言えるのは、これからこの国は大変なことになるかも知れませんねえ。けれども、一人の男によって……」
美人のアナウンサーは、ニッコリとして間に入って来た。
「それでは、時間ですので皆さん御機嫌よう~~。お休みなさーい」
僕は気が付くと、ヨハの突き出すフォークにあるリンゴの欠片を食べていた。
「やった! やった! やった~~! 雷蔵様が食べてくれました~~」
ヨハが大喜びだった。
僕が寝ようとすると、ヨハがベットの脇の電気スタンドとテレビを消してくれた。
「雷蔵様~。お休みなさ~~い」
僕は大きな欠伸をした。
明日になったら、マルカから連絡がくるだろう。僕はそう思った。
ガシャンという大きな衝撃音で、目が覚めた。
目を開けると、眼前にノウハウの顔が迫っていた。白衣のノウハウが僕に覆い被さっている。手には透明な液体の入った注射器を持っていた。だが、ノウハウの顔面には隣の丸椅子に座っていたヨハが強烈な右ストレートを打ち込んでいた。
どうやら、僕を暗殺しようとしたが、ヨハがまったく寝ないアンドロイドなのを解らなかったのだろう。
「何でもないですよ~。雷蔵様~~。お休みしていてくださ~い」
ノウハウが顔面を粉々にしながら床に崩れ落ちると、僕は早朝の弱弱しい日差しを顔に受けた。
注射器は床へと落ちて、コロコロと転がっていった。
多分、今は午前5時頃だろう。
「ちょっと~。このノウハウを片付けてきま~~す」
ヨハの間延びした声を聞いていると、廊下が騒がしくなった。
「大丈夫ですか!?」
複数の医者と看護婦たちが血相変えて室内に入って来た。
僕は「大丈夫です」と一言告げると、ふと思ってヨハに声をかけた。
「ヨハ。君はそのノウハウのプロフィールデータを抜き取ってくれ。坂本の向けた刺客なのはわかるけれど、確認をしておきたいんだ」
「わかり~~まりました~~」
ヨハの間延びした声を聞いていると、白衣の医者が柔和な顔で僕に言った。
「何らかの事件やトラブルに巻き込まれているんだったら、警察にちゃんと話さないといけないですよ。もう昔と違って治安がよくて、人間として平和に生きていける社会になったのですから」
僕は自分自身非合法なことをしているので、その男には適当に相槌を打って何も言わなかった。
医者は苦笑して、看護婦ともども持ち場に戻ると、ヨハが白衣のノウハウからプロフィールデータを取り出そうとした。しかし、プロフィールデータの小さい基盤は急に発火する。
プロフィールデータとはノウハウの頭部に差し込まれたカードで、そのデータには自己に内蔵されている情報や人間による指令など詳細なデータが入っている。
「雷蔵様~~。壊れました~~」
僕は軽く舌打ちをした。
「しょうがない。自爆スイッチみたいなものなのかな? まあ、警察への証拠になるようなものを放っておくわけないか……」
「雷蔵様~~。お休みしててくださ~い。燃えていますが~、なんとか~~データを~読み取って~みますから~~」
火を消して、そのカードをヨハの腕に内蔵されたデータ修復機能もある、高度なカードリーダーに挿入すると、ヨハが首を傾げた。
「雷蔵様~~。このノウハウは坂本 洋子様からの指令で動いていませんよ~~」
「え……?」
僕はすぐさま聞き返した。
「じゃあ、誰の差し金なのかな?」
「え~と……? データによると興田 守様です」
「興田……守……? 霧島インダストリー社の部長だ! 九尾の狐の仕業じゃない! 今すぐマルカに連絡してくれ! 敵はC区だ!」
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